テラーノベル
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ライブハウスの扉を開けた瞬間、空気が変わった。
少しひんやりしていて、機材の匂いと、微かに残る音の余韻。
あの日”憧れた側”だった場所に、今は自分が立っている。
「おはようございます!」
少し緊張した声で挨拶をすると、奥からスタッフが顔を出した。
「ああ、今日からの子だよね。美咲ちゃん?」
「はい!」
「そんな固くならなくていいよ、最初はみんなそうだから」
軽く笑われて、少しだけ肩の力が抜ける。
最初の仕事は、本当にシンプルだった。
ドリンクの準備。
床のモップがけ。
椅子の配置。
「え、こんなことからなんだ」
少しだけ拍子抜けする。
でもーー
(これも”この場所の一部”だ)
そう思ったら、手を抜く気にはならなかった。
ライブが始まる前の時間。
まだお客さんは入っていない。
静かなフロアに、美咲は一人で立っていた。
ステージを見上げる。
ライトは消えているのに、
そこには確かに”何かが始まる気配”があった。
(ここに、立ってたんだよな…)
あの日の光景がよみがえる。
音。
声。
言葉。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「美咲ちゃん」
呼ばれて振り返る。
「ちょっと来て」
音響スタッフが手招きしている。
「これ、ケーブル持ってみて」
言われるままに持つ。
「で、こっちに繋ぐ」
カチッ。
小さな音。
「今の、音の通り道ね」
「…..え」
「ライブってさ、こういうのの積み重ねでできてるんだよ」
その一言で、世界の見え方が少し変わった。
(音って…こうやって届くんだ)
イヤホンで聴いていた”たり前”が、急に特別なものに感じる。
開場時間。
お客さんが一気に入ってくる。
さわめき。
期待。
少しの緊張。
全部が混ざった空気。
「ドリンクお願い!」
「はい!」
気づけば、夢中で動いていた。
ミスしないように。
遅れないように。
でも一ー
(楽しい)
はっきりそう思えた。
そして、ライブが始まる。
照明が落ちて、一気に歓声が上がる。
美咲はステージ脇から、その光景を見ていた。
(……すごい)
観客の顔。
アーティストの姿。
音が空間を満たしていく瞬間。
そのすべてが、ちゃんと”ここで生まれている”。
(私、この中にいるんだ)
観ているだけじゃない。
支えている側。
ほんの一部でも、確実に関わっている。
曲の合間。
ふと、胸の奥で何かが響いた。
あの声じゃない。
でもーー
“いいね、その感じ”
一瞬、あの人の声が重なった気がした。
思わず周りを見る。
もちろん、いない。
でも。
(まあ、いいか)
今は、ちゃんとわかる。
“いなくても、大丈夫”って。
ライブ終盤。
会場の熱気は最高潮だった。
手を叩く音。
声。
光。
全部が重なって、一つの”音”になっている。
美咲は、その中でふと思った。
(これ、やりたい)
前みたいな曖昧じゃない。
もっと具体的な気持ち。
(もっと深く関わりたい)
音を作る側。
届ける側。
支える側。
まだ名前はつかないけどーー
確実に、“次の一歩”が見えた。
ライブが終わる。
拍手が鳴り止まない。
その中で、美咲は静かに息を吐いた。
「……すごかった」
隣にいたスタッフが笑う。
「でしょ」
「はい…」
「これがハマると、抜けられないよ」
その言葉に、少しだけ笑う。
(もう、ハマってるかも)
片付けをしながら、ふと思う。
公園。
あの夜。
あの言葉。
全部が繋がって、ここに来ている。
(ちゃんと、“あとから正解”になってる)
少しだけ、誇らしかった。
帰り道。
夜の空気が、少しだけ優しい。
イヤホンをつける。
流れる音。
でも今日はーー
(ちょっと違うな)
ただ”聴く”だけじゃない。
その裏側を、少しだけ知った音。
重みが違う。
スマホを取り出す。
メモアプリを開く。
「やりたいことリスト」
そこに、もう一行追加する。
・音響スタッフの仕事を知る
少しだけ、具体的になった未来。
「…..よし」
小さくつぶやく。
空を見上げる。
星が、少しだけ見えていた。
あのときよりも、少しだけ前にいる自分。
でもまだ途中。
まだまだ迷う。
でも一ー
(それでいい)
歩き出す。
音のあるほうへ。
自分で選びながら。
少しずつ。
確かに。
少しだけ具体的に書いてみる
「……よし」
小さくつぶやく。
空を見上げる。
星が、少しだけ見えていた。
あのときよりも、少しだけ前にいる自分。
でもまだ途中。
まだまだ迷う。
でも一一
(それでいい)
歩き出す。
音のあるほうへ。
自分で選びながら。
少しずつ。
確かに。
進んでいく。
そしてその先で一ー
また新しい”音”が、きっと、美咲を待っている。
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