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嬉しくなって、あたしはいそいそと焚火の傍に歩み寄る。
「まだ全然できてないですけど、ちゃんとお水のもとも携行食もあるし、携帯用のコップとかお鍋とかもあるんで、すぐに準備しますね」
「ああ」
そう返事はしてくれたものの、首席騎士様は何かを考え込むように僅かに視線を泳がせる。
「? どうかしました?」
「いや、それはいざという時に取っておいた方がいいだろう。水は俺が出す」
さすがに首席騎士様だ。軽ーく呪文を唱えただけで、コップどころかお鍋も水筒の中身もいっぱいになるくらい水を作り出してくれた。
しかも、さっきメタメタにやっつけた魔物からさくっとお肉を切り出して、「肉はこれを使ってくれ」と差し出される。
なんという頼りになるお方。
あたしが塩胡椒して焼くだけ、というワイルド感あふれるお食事を作って、葉っぱを編みこんだお皿にベリーや乾燥野菜をもどしたものを盛り付けている間に、首席騎士様は太っとい木の枝を叩き切って薪を造り、余った魔物の肉を干しておける干場まで作ってしまった。
「うわぁ、すごい!」
思わず感嘆の声もでようってもんだ。
「食事を作って貰っているから、これくらいは」
真顔でそんな事をいう首席騎士様。なんてこった、本当に性格のいい人だった。
怖そうっていうのは、本当にイメージだけだったんだなぁ。
偉ぶるわけでもなく、なおも色々とやってくれようとしてくれる首席騎士様を、あたしは無理やり焚火の前に座らせた。
「もういいですから! あんまり色々やられちゃうと、首席騎士様が出かけちゃった後、あたしがやれることがなくなっちゃいますから!」
「そ、そうか」
「そうです! もう、座って食べちゃってください」
「わかった。……ああ、これは華やかだな」
食卓を見て、褒めてくれた。食卓って言っても、石を積んでその上に首席騎士様が切ってくれた丸太を何本か並べたヤツなんだけどね。
葉を編んで作ったお皿に盛られた料理を言葉少なに褒めてくれて、あたしの世間話にも小さく頷きながら付き合ってくれる。
首席騎士様から何か話題をふってくれることはないけれど、その穏やかなたたずまいはあたしを落ち着かせてくれた。討伐演習でパートナーが首席騎士様だと分かってからずっと、緊張しっぱなしだった気持ちが、ゆっくりとほぐれていくのが自分でもわかる。
「首席騎士様って、優しいんですね」
つい、素直な気持ちが口から飛び出た。すると、首席騎士様は意味がわからないとでも言いたげな顔でぽかんと口を開けている。
「本当だったら、成績上位者から順にパートナーが組まれるはずなのに、あたしみたいな落ちこぼれと演習だなんて、もっと嫌がられると思ってました。それに、早速迷惑かけちゃったし」
「いや、別に迷惑ではないが」
そう、そうやって気にした様子もなく振舞ってくれることがどんなにありがたいか。
「むしろ泣かせてしまったのに、優しいと言われても」
なのに首席騎士様は、小さくそんなことを呟いて、ちょっと悲しそうな顔で目を伏せてしまった。
首席騎士様、まだあれを気にしていたのか。逆に申し訳ない。
「だって、あれはあたしが悪かったから。泣いちゃったのは、自分が情けなかったのと、首席騎士様が助けてくれたのが嬉しかったからで……首席騎士様が気にするようなことは何も!」
しょんぼりしてしまった首席騎士様の姿にこっちが驚いてしまって、慌ててそう言ったら、首席騎士様はかすかに微笑んでくれた。
「……ありがとう」
なぜかお礼を言われて、あたしの方がどぎまぎする。そして首席騎士様は、思い出したようにこう言った。
「ところでその、さっきから気になっているんだが、首席騎士、とはまさか俺の事か?」
「はい」
何をいまさら、当たり前だよと思ったら、首席騎士様は思いっきり微妙な顔をする。
「そう呼ばれるのは困るんだが」
「えっ!? でも学校中の人がほぼそう呼んでると思うんですけど」
あたしの返しに、首席騎士様は絶望したような顔をした。分かりやすく落ち込んでしまった首席騎士様の姿に、なんだか申し訳なくなってしまう。
「あの、もしかして今まで、気づいてませんでした?」
「……いや、そう言われれば思いあたるふしは山ほどある」
なんだか遠い目をしているけど、多分これ、噂話で言われてても、面と向かっては言われてないってパターンなんだろうなぁ。ううむ、いらぬショックを与えてしまった。
「なんか、あの、ごめんなさい」
とりあえず謝ったあたしに、首席騎士様は「いや、すまん」と目を伏せる。
なんでも、騎士団で首席騎士とか筆頭騎士とか呼ばれるのは、騎士の中でも最も力のある、名誉な呼び名なんですって。
「そんなあだ名で呼ばれていることが親父や兄貴に知られたら……」
なんて言って、首席騎士様は真剣に悩んでいるようだった。知られたらやっぱりマズイんだろうか。
お父様は確か、騎士団長ですもんね。お兄様もそういえば次期騎士団長の筆頭候補ですもんね。リアル首席騎士ってことか。
それは確かに心中複雑だわ。
なんだか申し訳なくなってきて、あたしは「あの、違う呼び方のほうがいいですか?」と聞かざるを得なくなってしまった。
首席騎士様って呼ぶの、結構気に入ってたんだけどなぁ。
「リカルドでも、リックでも、シャウトルでも、好きに呼んでくれ」
でも、首席騎士様がホッとしたような顔をしてくれたから、もうそれでいい気がしてきた。リックはさすがに砕け過ぎで呼べる気がしない。なんせ首席騎士様はお貴族様だもの。
ここは無難に。
「じゃあ、リカルド様って呼びますね。あたしのことはユーリンって呼んでください」
「わかった。ありがとう、ユーリン」
表情はさほど動かないものの、それでも首席騎士様……じゃない、リカルド様は丁寧にお礼を言ってくれる。お貴族様だっていうのに、やっぱり不思議と腰が低くていい人だ。
あたしじゃ大したことはできないけれど、この演習の間で少しは役に立って仲良くなれるといいのにな。