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……また、失敗してしまった。
俺は、隣の寝袋で無防備に眠る、ユーリン・サクレスのあどけない寝顔をぼんやりと眺めながら、深いため息をついた。
初日から怒鳴りつけて泣かせてしまうとは、つくづく騎士道にもとる行為だった。反省だ。
幸いにも彼女が素直な性格で、気にしていないと笑ってくれたから良かったものの、これでは先が思いやられる。
せめてもの詫びに、必ずやAランクの魔物を仕留めよう。
ひとりで悶々とそんなことを考えていたら、とつぜん頭の中にザーーーーー……と、ノイズのような音が紛れ始めた。
この感覚には覚えがある。
『だれだ?』
俺は頭の中で強くそう念じた。このノイズは、誰かが念話をしかけてきたとき特有のものだ。誰だか知らないが、こんな夜更けに、けっこう迷惑なんだが。
『よう! オレだよー、どうよ調子は』
このノリの軽い声は。
『なんの用だ、ジェード』
『うっわ、機嫌わるっ』
『普通だ』
『いーや、絶対なんかあったね、その覇気のない声は。えーと、ユーリンちゃんだっけ? 彼女とケンカでもしたんだろ』
『……』
『お前、コミュ障だもんなぁ』
そんなことは、言われずとも分かっている。
人当たりのいいジェードと違って、俺は皆から恐れられている。そう、自覚はあるんだ。
怖い、厳しそう、威圧感がある、何を考えているか分からない。そう噂されているのは分かっていても、何をどう話せば会話が続くのか見当もつかない。
ジェードはそんな自分にも恐れずに話しかけてくるありがたくも貴重な人材ではあるが、なんせ事ある毎にこうしてからかってくるから、正直ちょっと苦手だ。
ついでに今回ジェードのパートナーになったアリシア嬢は、家のせいもあってか思いきりライバル視されているから苦手だ。
本来ならこの二人のどちらかとパートナーになっていただろうから、今回はからずもユーリンがパートナーになってくれたのは、実は俺にとっては幸運だったと思う。
『おーい、リカルド、聞いてるー?』
『すまん、聞いていなかった』
つい考え事をしていたら、ジェードを放置してしまったようだ。申し訳ない。
『そんな事だろうと思ったよ。ま、いいけど』
俺が黙り込んでも、恐れるでも気にするでもなく、ジェードはさらに深堀りしてくる。
『で、何があったわけ? なんかやらかしたんだろう』
なぜか確信を持っているらしいジェードの声に、俺もついに観念した。
『うっかり怒鳴って、泣かせてしまった』
『早速か!』
あきれたようなジェードの声に、俺は内心さらに落ち込んだ。
根掘り葉掘り状況を聞き出されて、こういう時は慰めるんだとか、こういう優しい言葉をかけるもんだとジェードなりに色々とアドバイスをしてくれるわけだが、正直そんなにうまく口が回るのならば、こうして困ったりはしない。
ジェードが彼女のパートナーだったら、そもそも泣かせてもいないだろう。
段々と俺の口数が少なくなってきたのを察し、ジェードは少し語気を緩める。その引き際もさすがといえばさすがだ。
そして、ちょっと考えるような間をおいて、こう言った。
『お前にとっては難しいのかも知れないけどさ、できるだけでいいから、あの子に優しくしてあげなよ』
なぜか含みがあるように感じて、俺はジェードの言葉の続きを待つ。
『あの子、魔力は高いのに魔法が編めないって噂の子だろ? ただでさえ劣等感があると思うんだ』
……すごいな、ジェードは。
思い返せば確かにユーリンはそんな事を言っていたように思う。自分の事を落ちこぼれ、と卑下していた。
『頭抜けて学年トップのお前のパートナーって言われたら二位のオレだってちょっとは緊張するぞ。なのに劣等感マシマシの子がお前の傍で頑張ってるんだ。絶対にそりゃあもう色々思うとこある筈だから!』
『そんなものか』
『そんなモンなの! だからさ、できるだけ優しくしてやれよ』
『わかった』
『本当はさ、なんか役割分担とかして自信持たせてあげられるといいんだけどね。Aランク狙うってのに、さすがのお前でも余計なことしてたら危ないもんな』
役割分担か、なるほど。
そういえばユーリンも、自分がやることがなくなる、と唇を尖らせていた気がする。人付き合いとは本当に難しいものだ。
やれることをやれる者がやればそれでいいと思っていたが、そう単純なことではないのかも知れない。
『もしもーし』
しまった、また考え事をしてしまった。
だが、そろそろ念話も切り上げた方がいいかも知れない。それなりに互いに集中力を要する魔法だ。長話するものでもないだろう。
『すまん、だがそろそろ切らないか? 明日にひびく』
『つれないなー、今どの辺? どうせレッドラップ山に向かってるんだろ?』
『ああ、もうふもとに居るが』
『ふもと!!!???』
あまりの叫び声に耳がキーンとした。いや、脳に直接語り掛けているわけだがら、脳が震えたのか? とにかく金づちで殴られたほどの衝撃だった。
「うるさい!」
思わず口からそんな言葉が漏れ出た瞬間、ユーリンが俺の隣で「うう~~ん……」と呻いた。しまった! と口を右手で覆うが、時すでに遅し。
「……首席、騎士様?」
寝ぼけた声のまま、目をこすりつつユーリンが起き上がる。明るいオレンジのショートヘアが、彼女が眠そうに目をこするたびにほわほわと揺れた。
ふああ~……と大きくあくびをした彼女は、「首席……リカルド様、まだ起きてたんですか?」と小首を傾げる。
ああ、しまった。完全に起こしてしまったじゃないか。