テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
詰所の前に、いつの間にか人だかりができていた。
領民たちは遠巻きに立ち、息を潜め、白い外套の女を見つめている。
セレナがフェンの左腕に触れた、その瞬間だった。
白い外套がふわりと持ち上がり、夜風が逆巻く。そして空気が、張り詰める。
「んッ! 何をする!」
「黙って、見ていて」
その声は静かだったが、有無を言わせぬ迫力があった。
セレナの足元には、淡い緑色の魔法陣が滲むように浮かび上がった。ライトアップされたセレナは清潔で、異様なほど美しい。
そして瞼を伏せ、凛とした声ではっきりと詠唱を始める。
「在るべき形よ、思い出しなさい。失われたのではなく、そこに在るのです」
魔法陣が脈打ち、白い光が溢れ出す。
「定められた終わりを切り、懐かしい記憶にすがる」
「……綺麗だ」
フェンの口から、思わず言葉が零れた。
光は白から緑へとやわらかく移ろい、左腕へ集束していく。
「血は巡り、生は戻さず、死は拒まず。ただ、正しく繋ぐ」
包帯の隙間から、脈打つような輝きが溢れ出す。
空だったはずの場所に、透明な腕の輪郭が形を成していった。
「白の魔女の名において命ず。断たれし腕よ、本来の姿を取り戻し、再び主につかえよ」
その瞬間、ぱっと光が弾け、透明だった腕に一気に色が宿る。
フェンが思わず拳を握る。五本の指が、確かに、応えた。
「……戻ってる」
フェンは呆然と、自分の左腕を見つめていた。
その光景に、領民たちがどよめく。
「腕が……生えた?」
「そんな奇跡だろ」
そこにあったのは、恐れだけではない。
戸惑いと、そして抑えきれない畏敬。
「次は、呪いです。動かないでください」
左腕から胸元へと絡みつく、毒々しい紫色の根。
セレナは淡々と告げる。
「呪いよ。あなたが、ここに居座る理由はありません」
一拍。
「消えなさい」
「っ……あ」
フェンの喉から、声にならない息が漏れた。
紫色の根が、引き抜かれるように蠢く。
白い光に焼かれ、根は悲鳴すら上げることなく霧散していく。
腐臭のような気配が消え、代わりに、草木が芽吹くような匂いが広がった。
セレナは、ゆっくりと手を離し、光を収める。
人々の視線が、否応なく彼女に集まる。
恐れていたはずの白の魔女は、今や奇跡の中心に立っていた。
◇◇◇◇
ノクスグラート周辺での魔物討伐数が、異様なほど跳ね上がっていた。
兵士の数が増えただけではない。
本来なら戦線を離れるはずの者たちが、何事もなかったかのように戻っている。
理由は、分かっている。答えは、一つしかない。
白の魔女が、介入した。
「セレナちゃん、動いちゃったね」
星篝の魔女は、そう呟いてから、静かに息を吐いた。
残念そうでも、怒っているわけでもない。ただ、予想通りだったという顔だ。
「もう、隠しきれなくなったんだ。早すぎて、ちょっと想定外」
脳裏に浮かぶのは、ノクスグラートの街。
集まる領民たち。白い外套に向けられる視線。
そこに混じるのは、恐れだけではない。
畏敬と、期待。そして、理解できないものを見る目。
「ノクスグラートのみんなは」
星篝の魔女は、わざと間を置いてから、続けた。
「セレナちゃんが、禁忌の魔女だって、知っちゃった」
唇が、楽しげに歪む。
それは悪意でもない。
ただ、人の行く末を知っている者の、軽やかな笑みだった。
「さて……今回はいつ追い出されるのかな」
白の魔女が、この街に居られる時間は、もう数えられるほどしか残っていないのかもしれない。