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◇◇◇◇
その日を境に、ノクスグラート周辺で魔物による被害は、嘘のように止んだ。
沈黙が生まれていた街に、軽口が戻り、久しぶりにパンの焼ける匂いが漂っていた。
戦線を離れるはずだった衛兵たちが、次々と持ち場へ戻っていく。深手を負っていた者も、呪いに侵されていた者も、痛みを引きずることなく歩き、剣を取る。
まるで時間が、静かに巻き戻されたかのようだった。
街は、守られる。その事実が確信に変わった。そうノクスグラート領のみんなが感じていた。
人々はようやく肩の力を抜き、子どもたちは広場を走り回る。白い外套を見つけると、駆け寄り、ためらいながらもその裾に触れた。
「ありがとう、まじょさま」
「お父さん、元気になったよ」
幼い声が、何度も繰り返される。
領民たちは頭を下げ、手を組み、涙を流し、思いつく限りの言葉で感謝を告げた。救われたという実感が、ようやく現実になった瞬間だった。
セレナはそれに微笑みで応えた。
柔らかく、穏やかに。
けれど、衛兵から向けられる視線だけは、鋭かった。
感謝よりも先に、警戒を宿している。安堵の裏で、何かを測るような、距離を取るような視線だった。
癒やし、救った。それでも。
彼らは知っている。
白の魔女が、ただの治癒師ではないことを。
魔女の力は、命を繋ぎ、失われたものを取り戻す。それは同時に、均衡を壊し得る力でもあった。
奇跡は、常に代償を求める。代償のない奇跡など、恐ろしいことより他はない。
◇◇◇◇
セレナが詰所から出た瞬間に、領民から囲まれる。
毎度のことで、セレナは感謝を受け止めていた。
「白の魔女様!!!」
大声を出した一人の女。その大声は感謝の言葉をかき消した。
ざわめきが完全に消えきらないまま、人々は大声のした方向に振り向く。
女は、人波を縫うようにして前に進み出た。痩せた体。喪服の黒がやけに目立つ。泣き腫らした目は赤く、何度も拭ったのだろう、頬には涙の跡が残っていた。
セレナの目の前に行くと、続けて声に出す。
「私の、夫を……」
一度、言葉が喉に詰まる。それでも女は吐き出す。
「夫を、生き返らせてください」
その瞬間、空気が、凍りついた。
誰もが息を止め、音が失われる。
「あなたは、禁忌の魔女なのでしょう。腕を戻して、呪いを消した。なら、死んだ人だって、助けられるでしょ!」
それは責める声ではなかった。むしろ、すがるような響きだった。
希望が、期待へ。期待が、欲望へと、静かに姿を変える。
セレナは女の目をどこかで見たことがあった。
ヴァルディウス王国の王だ。王も女と同じ目をしていた。
セレナは、はっきりと首を振った。
「それは、出来ません」
一瞬の静寂。
拒絶されたという事実が、すぐには理解されないまま、宙に浮かぶ。女は唖然としていた。
「人の寿命は変えられない。死は、戻らない。それが、私が魔女である理由です。私は神様じゃないんですよ」
言葉は丁寧で、揺るがない決意があった。
「でも、でもだって、魔女様はネクロマンサーで!」
悲鳴に近い声が上がる。
「それは、救いではありません。あなたの夫を化け物にしたいんですか?」
セレナの声は、変わらず静かで、しかし、眉を落として悲しみを共感した。
セレナの言葉に何を言えなかった女は、膝から崩れ落ち、堪えていたものが嗚咽として溢れ出した。
その音は、周囲へと伝染するように広がっていった。
奇跡を与えられる者と、与えられない者。
救われる命と、救われない死。
白の魔女の奇跡を知った街は、慣れ、そして次を求める。それが禁忌であるかは関係なく、もう元には戻れない。