テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
瓦礫の山と化した『月下堂』の中心で、界人さんの背中が大きく揺れた。
魂を焼き切る禁忌の術式「命根断絶」によって
彼の周囲には神域の如き青白い雷光が荒れ狂っている。
だが、その代償として彼の瞳からは色彩が失われ、その生命の拍動は今にも途絶えようとしていた。
「……そこまでだ、界人。これ以上の抵抗は無意味だ」
陰陽局の黒幕が冷酷に手を挙げる。一斉に放たれようとする最終斉射。
その絶体絶命の瞬間
私の瞳が、真実の「緋色」に染まった。
「──もう、彼を傷つけさせない」
私が目を見開くと同時に、内側から溢れ出したのは、街を焼く業火ではなく
春の陽だまりのような温かな光だった。
精神世界で私が抱きしめた「未練」の炎は
百年の時を経て、誰かを守るための純粋な霊力へと昇華されていた。
刹那、帝都の夜空を覆っていた重苦しい雨雲が、内側から弾けるように霧散した。
降り注いでいた冷たい雨は、空中で緋色の光の粒へと姿を変え、雪のように優しく地上へと舞い落ちる。
「なっ……!? 霊力による気象改変だと……!? 馬鹿な、あやかしの力は破壊の象徴のはずだ!」
驚愕に目を見開く執行官たちの前で、私は界人さんの背中にそっと手を添えた。
私の緋色の光が、彼の砕け散りそうだった魂を包み込み
禁忌の術式の反動を肩代わりするように溶け合っていく。
「界人さん…戻ってきて……っ」
私の声に、彼の肩が微かに震えた。
失われかけていた彼の瞳に、ゆっくりと紫苑の輝きが戻る。
彼は掠れた息を吐き出しながら、ゆっくりと私を振り返った。
「……雲雀、なのか…お前……その髪……」
私の燃えるような赤髪は、光を浴びて透き通り、まるで暁の空のような輝きを放っていた。
それはもはや呪いではなく、新しい時代を照らす希望の証。
界人さんは震える手で、私の頬に触れた。
今度はクリームを掬うためでも、傷を拭うためでもない。
ただ、愛しい存在を確かめるように。
「……ああ。…帰ってきたんだな」
その瞬間
背後の『月下堂』に残されていた巨大な柱時計が、重厚な鐘の音を鳴らした。
ガチリ、ガチリ、ガチリ──
百年間、憎しみと未練によって狂わされていた歯車が、初めて「正しい時」を刻み始める。
それは陰陽局という旧態依然とした組織の終焉であり
宿命に縛られた二人の、本当の意味での「誕生」の合図だった。
◆◇◆◇
数ヶ月後
帝都の街並みは、あの騒乱が嘘だったかのように穏やかな初夏を迎えていた。
陰陽局は、あの夜の不祥事と界人の反旗をきっかけに解体・再編され
あやかしを力で伏せる時代は終わりを告げようとしていた。
銀座の片隅。
あの時と同じ喫茶店のテラス席に、二人の男女の姿があった。
一人は、軍服を脱ぎ、穏やかな眼差しを湛えた青年。
もう一人は、短く切り揃えた鮮やかな赤髪を風に揺らす、快活な少女。
「……界人さん、見てください!今日のショートケーキ、苺が二つも乗ってますよ!」
「はしゃぎすぎだ」
界人さんは苦笑しながら、珈琲を口に運ぶ。
彼の霊力はかつての半分以下になったが、その瞳にはもう、悲痛な影はどこにもなかった。
私は苺を一つ、彼の皿へと移す。
「はい、半分こです。私たちはもう、二人で一つですから」
百年前、雪の中で散った約束は、今、初夏の陽光の下で新しい形となって結実した。
かつて彼が夢見た少女はもういない。
けれど、目の前で笑う「雲雀」という少女が、彼の新しい真実だった。
「……ああ。行こうか、雲雀。新しい『月下堂』の開店時間に遅れる」
「はい! おじいちゃんも待ってますし!」
席を立ち、歩き出す二人の影が、石畳の上で一つに重なる。
遠くで聞こえる時計塔の鐘の音は、もう不吉な予兆ではない。
運命は塗り替えられた。
物語の頁は閉じられ、真っ白な次の章が、今ここから始まっていくのだった。