※死ネタ
校内に響くチャイムの音。昼休みを告げるチャイムだ。
号令が終わったから、スマホだけ制服のポケットに入れて、席を立った。
周りの騒がしい話し声を聞きながら、廊下を歩く。
校舎裏のゴミ捨て場の近く。
人は滅多に来ず、聞こえるのはカラスの鳴き声だけ。
冷たい風を肌に感じながら、お気に入りの場所に向かう。
「…は?」
お気に入りのダンボール置き場。
いつもは誰もいないのに。
今日は、既に先客がいた。
「……なにしてんの。」
俺がそう声をかけると、敷かれたダンボールの上に寝ていた男が目を開けた。
普段だったらすぐに立ち去っているが、見たことある男だったから声をかけた。
「んー…お昼寝。」
男は、俺を見るなり笑顔でそう答えた。
同じクラスの学級委員。
成績優秀でみんなの人気者。
話したことはないが、クラスでは目立つ存在だった。
たしか名前は…Nakamuだったか。
ただでさえ人が来ないここに、あのNakamuがいるなんて。
怪訝そうにNakamuを見ながら、地面に座る。
「いつもここにいるの?」
俺が座ると、Nakamuは人当たりが良さそうな笑顔を浮かべながら、そういった。
先生にもクラスのヤツらにもよく向けている、作り物のような綺麗な笑顔。
「…まぁ。」
なんとなくその笑顔にムカついて、目線を逸らす。
「そうなんだ。お気に入りの場所取っちゃってごめんね。」
「…べつに。」
口ではごめんねと謝るが、ダンボールの上からどく気配は無い。
変なやつ、と心の中で吐き捨てると、Nakamuは変わらず笑顔で言葉を続けた。
「いつもは図書室にいるんだけどね。今日は閉まってるらしいから、ここに来た。」
「あっそ。」
聞いてもない理由を話されて、だんだんイライラしてきた俺はそれだけ吐き捨てて立ち上がる。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「…」
「もう少し話そうよ。」
「お前がその気色悪い笑顔やめたらな。」
俺の制服の裾を掴んで引き止めるNakamuの手を払う。
俺がそういうと、Nakamuは一瞬驚いた顔をしたが、すぐいつもの笑顔に戻った。
「笑顔で喋った方が楽しくない?」
「別に。」
「そんなことないよ。楽しいに決まってる。」
「楽しくない。」
「そう?変わってるね。」
「お前が言うなよ!」
俺が言い返すと、Nakamuは小さく笑う。
「ふふ、面白い奴。」
笑われて、顔に熱が集まる。
クスクスと笑うNakamuを前に、逃げるのも気が引けて、ヤケになって地面の上にドカッと座った。
「…なんでここで昼寝してんだ。教室で弁当でも食べてろよ。」
睨みつけながらそういうと、Nakamuはまたクスッと笑ってから俺を見た。
「俺、お昼ご飯は食べないから。」
「…あっそ。」
「君は?お弁当食べないの?」
「……俺は弁当ない。」
「あ、忘れちゃったとか?」
「…」
「忘れちゃうとか、作ってくれた人が悲しんじゃうよ?もっと感謝しないと、」
「…作ってくれる人とかいねーし。」
俺の言葉で、この場の空気が変わったのが感じた。
見れば、Nakamuはいつもの笑顔を消して、真顔で俺を見ている。
笑顔じゃないNakamuは、はじめてみた。
「…なんで?」
「親父とは喧嘩してる。半年は口聞いてない。」
「喧嘩って?」
「…親父、生活保護費受けてんの。でもどこも悪くねーから不正受給。」
「…」
「ちなみにお袋は俺が小さい時に死んだ。」
親父はその生活保護すらパチンコで溶かすクズ。
お袋の顔なんてもんはもう忘れた。
俺のために弁当作ってくれる奴なんて誰もいない。
「そっか。」
「なんだよ、引いた?」
「いや…」
「引いたならそう言えよ。どうせガキくせぇと思ってんだろ。この歳で親に反抗してるとか。」
「思わないよ。」
「嘘いうな。」
「嘘じゃない。」
Nakamuはそういうと、ゆっくりと視線を下げた。
「…俺は、親に反抗できたことなんてないから。」
「…は、」
(何言って…)
Nakamuがそういうと同時にチャイムが鳴った。
それを聞いたNakamuが立ち上がる。
また、同じ笑顔を浮かべていた。
「明日もここ来てもいい?」
「…別にいいけど。」
「やった!ありがと、シャークん。」
Nakamuはそういうと、制服についた砂を払う。
「…なぁ。」
「なに?」
「……お前は、笑顔じゃない方がいいと思う。」
俺の言葉に、Nakamuは目を見開いた。
そしてまたすぐにいつもの笑顔に戻す。
「俺はそうとは思わないけどね。」
これが、俺とNakamuの出会いだった。
あれから毎日、昼休みにはここに集まるようになった。
適当に話して、時間を潰す。
この生活が今となっては普通となってしまった。
…まぁ別に居心地は悪くないからいいけど。
Nakamuとは、教室でもよく喋るようになった。
俺とNakamuが話しているのを友達や担任は驚きながら見ていたけど、そんなこと気にせず一緒にいるようになった。
いつも通り集まっていたある日。
Nakamuのポケットから出たハンカチが目に入った。
パンダがプリントされたハンカチ。高校生が持つには少し子供っぽい。よく見ればポシェットもタオルもパンダがデザインされていた。
「パンダ、好きなのか。」
俺の質問にNakamuは笑顔で答える。
「え、別に好きじゃないよ。」
「はぁ?」
Nakamuの言葉に顔を歪める。
いや、こんだけパンダだらけにしといてそれはないだろ。
俺が冷たい目を向けていると、Nakamuがニコニコと笑いながら、パンダのハンカチを指でなぞった。
「なんていうか、パンダって白黒だから好きじゃないんだよね。」
「は?」
「なんかはっきりしないっいうか。」
「動物に言うかそれ。」
「なんかもっとさ、ほら、たとえば真っ黒なパンダだったらもっと人気出ると思わない?」
「それはもうただのクマだろ。」
「…たしかに。あ、じゃあ真っ白なパンダは?」
「……しろくま?」
「…たしかに。」
Nakamuの言葉にふたりで笑う。
「お前、勉強できるけどポンコツだよな。」
「そんなことないよ。」
硬いダンボールの上にふたりで寝転がる。
空は綺麗な快晴だった。
「冬はいいね、風が気持ちいい。」
「そう?寒いくらいじゃね。」
ふたりでボーッと空を見上げる。
耳を澄ますと、校舎に響く喋り声や足音が微かに聞こえた。
「これは独り言なんだけどさ、」
「ん?」
Nakamuの声が真横から聞こえる。
横を見ると、Nakamuは変わらず空を見上げていた。
「俺の親ね、俺のことは好きじゃないんだよ。好きなのは俺の成績。」
真剣で、冷たくて、どこか寂しげな声。
「小学校から受験して、親が望む成績をとってきた。」
「…」
「俺はただの親を喜ばせる機械なんだよ。」
強かった風が、一気に止む。
さっきまで見えていた太陽が雲に隠れた。
「ほんとはね、」
「…」
「俺も、弁当を作ってくれる人なんていない。」
そのときのNakamuの声が、今も鼓膜に張り付いている。
淡々と話すNakamuの横顔が酷く寂しげに見えた。
「これは独り言だけど、」
「!」
再び、冬の寒空を見上げる。
「俺はNakamuは機械なんかじゃないと思ってる。」
「え…、」
「こんな変なやつが機械なわけない。」
Nakamuの目が見開かれる。
綺麗な水色の瞳と目が合った。
「親が嫌なら反抗して説教でもしてやれ。人間だろ、俺もNakamuも。」
「っ…」
「まぁ全部独り言だけど。」
全部いい終えたとき。
同じタイミングでチャイムがなった。
戻らないとな、と頭の中で考えていた瞬間。
「あっははは!」
Nakamuが大きな笑い声を上げた。
何が面白かったのかずっと声を上げて笑っている。笑い過ぎているせいか、目には涙が浮かんでいた。
Nakamuの作ってない笑顔を見たのは、それがはじめてだった。
「ふふ、説教…説教ね。」
「なんだよ。」
「いや、面白いなって。」
Nakamuはそういうと大きく息を吸い込む。
そして笑顔でこっちを見た。
「ねぇ、シャークん。このまま次の授業サボっちゃおうよ。」
「はぁ?サボるってお前成績…」
「もう気にするのやめた!」
「え、は、?!おいっ…!!」
Nakamuが立ち上がって、学校のフェンスをよじ登る。
見事にフェンスを超えたNakamuがこっちを振り返った。
「ねえ。カラオケ行こうよ、シャークん。俺、ずっと前から行ってみたかったんだよ。」
「カラオケ?」
「うん。」
そう言って笑うNakamuの顔は今まで見た中で1番綺麗で、この誘いなら乗ってもいいと思った。
「行く。」
Nakamuに続いて、フェンスをよじ登る。
こりゃ怒られるどころじゃないかもな。
まぁでも…
「点数勝負、負けた方が奢りで。」
親友の頼みなら、聞いてあげてもいいか。
nk視点
すっかり暗くなった夜18時半。
窓から差し込む月明かりだけが、この暗い部屋を照らす。
普通の高校生っていつもこんな楽しいのかな。
シャークんと別れたあと、家のリビングで今日のことを思い返す。
シャークんと学校を抜け出した今日は、人生で1番楽しかった日だった。
カラオケなんて行ったことなかったけど、びっくりするぐらい楽しかった。
カラオケに行ったあと、公園でサッカーしたり、ご飯を食べに行ったり、1日中遊び尽くした。
思い返しても、頬が緩むくらいどれもいい思い出。
きっと今頃、無断早退した俺のことを学校が俺の親に連絡してるだろう。
親は俺になんて言うんだろう。
怒鳴られるのかな。
ぶたれるのかな。
呆れられるのかな。
これからの不安なんて、どうでも良くなるくらいには、俺の心は清々しかった。
『親が嫌なら反抗して説教でもしてやれ。』
リビングのソファに寝っ転がっていると、シャークんの言葉が頭をよぎる。
「ふふ、やっぱ面白い奴。」
説教ね…
立ち上がって、玄関に向かう。
倉庫に置いてあったストーブ用の灯油を玄関まで移動させてきた。
灯油をもって2階に上がる。
2階の1番奥の部屋。
俺の置き場所。
部屋を開けると、目に入るのは本棚に並んだ沢山の本。1日の大半を共に過ごす勉強机。ほこり1つ落ちてない部屋。
俺が、ずっと閉じ込められていた場所。
灯油のキャップを外し、部屋全体にばら撒く。
クラクラするほどの強烈な匂いが、部屋を覆った。
ポケットからライターを取り出して手に持つ。
冬はいい。
物がよく燃える。
灯油でびしょびしょになった部屋を見回す。
目を閉じれば、シャークんの顔が瞼にうつる。
…改めて、今日は人生で1番楽しい日だった。
まさか、カラオケに行ける日がくるなんて。
できることなら、この幸せの記憶が新しいまま、全部終わりにしたい。
こんな贅沢をくれてありがとう。
最後ぐらいシャークんのこと、親友って呼ばせてね。
見ててね、シャークん。
ライターを持った手の親指に力を入れる。
これが、
最初で最後の、
俺の反抗だよ。
shk視点
…外が騒がしくなってきた。
なにやら救急車や消防車の音も聞こえる。
火事でも起きたのだろうか。
そんなことを思いながら、スマホをポケットに入れる。
「!」
スマホを入れようとしたとき、ポケットに違和感を覚えた。
ポケットの中を探ると、パンダのハンカチが出てきた。
これはたしか…Nakamuのもの…
「間違えて持って帰ってきたのか…?」
疑問に思いながらも、ハンカチを広げる。
公園で散々サッカーをして遊び回っていたせいか、パンダは少し汚れてしまっていた。
パンダの白い部分が、泥で汚れている。
『真っ黒パンダ』
誰かが、俺の中でそう呟いた。
「めっちゃ汚れてる…」
顔を歪ませながら、ハンカチを洗濯機に持っていく。
泥だらけだが、洗えばすぐ落ちそうだ。
間違えて持って帰ってきてしまったそれを洗濯機に放り投げる。
ハンカチなんて、必需品ってほどでは無い。
まぁ、洗ってまた明日返せばいいか。
コメント
2件
明日は…きっと無いんですよね、、😢 悲しいけど凄い好きです…