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ダンスのレッスンスタジオと化している1階のリビングに、まだ明かりがついている。
もう日付が変わろうという頃だ。シャワーを浴びに2階の自室から降りて来た俺は、厳しかった今日のレッスンを思い返し、廊下に漏れるその明かりを苦々しい気持ちで見つめた。
落ち込んでんだろうな…。
元貴からの指示もあって、惜しみなく本気のレッスンをしてくれる先生達。ダンス初心者の俺達に対しても、容赦の無い叱責が飛ぶことがあった。
勿論俺も日々お叱りを受けているけど、比率で言うと彼の方が多くて。新しい課題曲の振り入れだった今日は特に、そのペースについていけない彼に厳しい声が飛び、酷くこたえているように見えた。
彼とシャワーの時間が重なっても悪いなと、ひとまず俺はリビングとは反対側にある浴室に向かった。
シャワーを終えて廊下に出ても、リビングの様子は先ほどと変わっていなかった。
そっとその明かりに近づき、ガラスドアから中を窺う。
壁一面に貼られた鏡の前で、彼が今日習った振り付けを練習している。 その表情は固く、疲れのせいか動きも覚束なく見えた。
そっとドアを開き、隙間から声をかける。
「涼ちゃん」
はっとこちらを向いて、それから壁の時計に目をやり、眉を寄せて申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、遅い時間まで。うるさかった?」
「違う違う、文句言いに来たんじゃなくて心配してんの。ずっと練習してたの?ちゃんとごはん食べた?」
リビングと一続きのダイニングキッチンに目を遣ると、俺が夕食に作った焼きそばがそのままテーブルに置かれていた。
「あ……」
忘れてた、と言わんばかりの彼に、もー、後で食べるって言ってたのに。とわざと少し怒った声を出す。
「シャワー浴びておいで。ご飯食べないと倒れちゃうよ」
キッチンに向かいながらそう言うと、素直に頷いた彼は首筋に流れる汗をたくし上げたTシャツで拭いながら廊下に消えて行った。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注ぎ、喉を潤す。
ふと、こんな時間に焼きそばは重いか?と思い小鍋に水を入れて火にかける。沸騰したところで顆粒の鶏ガラだしなんかで味をつけた。冷蔵庫を開け、常備されている豊富なキノコの中から舞茸を選んで手で割いて入れる。包丁使わずに済むの、優秀だよねコイツ。卵をボウルに割って箸でといていると、シャワーを浴びた彼がリビングに戻って来た。
「えっなに〜、いいにおい」
濡れた髪をタオルで拭きながらこちらに向かってくる。
「ちゃんとドライヤーしなよ、風邪ひくよ」
「お腹すいちゃって…」
お腹を撫でる仕草をしながらへへっと笑う。
「卵スープ作ってるよ。焼きそばはどうする?食べる?」
「食べます!」
すぐにテーブルのお皿を手にとってレンジに入れる彼の元気な返事に少し安心する。
沸騰した小鍋に卵を流し入れ、蓋をして火を止めた。
レンジの前で待っている彼がこちらを見ている。
「今さ、それなんで蓋したの?」
「あぁ、火が強いと卵が固くなるんだよ。蓋して蒸らすとふんわりするんだって」
「へ〜、若井は色々知ってるね〜」
彼と一緒に住んで、交代で夕食を作るようになってから少しは料理を勉強した。 最初はちょっと面倒だったけど、自分が好きな味に作れると嬉しいんだよね。それに…涼ちゃんも喜んでくれるし。
少し待ってからスープカップに卵スープを入れる。おれも小腹が空いたので、2つ。
レンジから取り出した焼きそばを持ってテーブルに座った彼の前にカップを置くと、ありがとう、と頭を下げてくれる。自分も向かいの椅子に座った。 いただきます!と手を合わせる彼に自分も手を合わせる。
「何これ、おいしい!!!」
焼きそばを一口食べた彼が口元を手で隠しながら言う。 何作っても褒めてくれるけど、今日のはけっこう自信作だから得意な気分になってしまう。
「そうでしょ、ごま油入れて中華風にした」
「めっちゃ美味しいよ〜初めて食べる味付け!あれっスープにはキノコ入れてくれたの?」
「うん、涼ちゃんキノコ好きだからね」
自分でもスープに口をつける。隠し味にいれたニンニクがいい仕事してて、美味しい。
…あれ、静かだな?と顔を上げると彼がもぐもぐと咀嚼しながら静かに涙を流していた。
「えっ!!!どしたの?どっか痛い?」
慌てて聞くと、彼は首を振る。テーブルの隅にあったティッシュの箱を取って差し出すと、 焼きそばを飲み込んだ彼がありがと、とティッシュを取って涙を押さえる。
「若井さんが優しくて…泣いちゃった」
へへ、と恥ずかしそうに笑って食事を再開する彼が、身長は同じくらいなのにやけに小さく見える。 思わず、テーブルに身を乗り出すようにして彼の頭に手を伸ばした。まだ湿り気のある髪をそっと撫でてみる。
「…もー、また、泣かさないでよ〜」
笑いながらポロポロと涙を流す彼に、キュッと胸が痛む。つらいなら言ってくれればいいのに、と思うけど、今のこの穏やかな時間を壊すのも惜しくて、ごめん。とまたティッシュを差し出した。
泣きながらも彼は美味しい美味しいと焼きそばとスープを食べ、俺がするたわいもない話に笑ってくれた。当番だから俺がやると言ったけど、食器や鍋を洗ってくれるのを椅子に座って眺める。
2人でリビングダイニングの電気を消して、それぞれの自室がある2階に向かう。 階段を登りながら、前を行く彼の背中に声をかけた。
「寝られそう?」
少しの間があって、彼が笑顔で振り返る。
「うん、さすがに疲れたから、すぐ寝そうだよ〜」
良かった。安心して部屋の前でじゃあおやすみ、と手を振る。
ドアノブに手をかけたところで声をかけられる。
「若井。…ありがとね」
「うん、明日もがんばろね」
笑って返事すると、彼はふんわりと笑って手を振り、自室に入って行った。
若井さんのお誕生日に向けて新しく書き始めました✊
若井さん難しくてなかなか書き始められなかったんですが、 夏の影 𝑂𝑓𝑓𝑖𝑐𝑖𝑎𝑙 𝑀𝑢𝑠𝑖𝑐 𝑉𝑖𝑑𝑒𝑜 𝐵𝑒ℎ𝑖𝑛𝑑 𝑡ℎ𝑒 𝑆𝑐𝑒𝑛𝑒𝑠 - 𝑅𝑦𝑜𝑘𝑎 𝐹𝑢𝑗𝑖𝑠𝑎𝑤𝑎 - のアイス食べてる藤澤さんを見つめる若井さんの目が優しすぎて突然いけるかも、と思いました⚡️
相変わらずなかなか恋愛要素出てこなさそうですが頑張りたいと思います…!