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颯斗も背筋を震わすくらいの冷ややかな顔の美玲ちゃん!眼鏡の下はクールビューティーなんだろうね〜ゾクっとするくらいの! っで何をするつもりなの???
「今度は何だ?」
次から次へと、まるで嵐のようにトラブルが押し寄せてくる。
「えっと……支配人はどうされたんですか?」
「気にしなくていい。それより何が起きた?」
上司である支配人の内田が、床に這いつくばって颯斗の足に必死で縋りついている。この異様な光景に疑問を抱くのは当然だが、今はそれどころではなかった。
「今日の午前中に納品予定だった花が届いていないんです!」
「……何だと?」
結婚式場に花が納品されないなど、常識では考えられない。
「運送会社に確認しましたが、今日こちらに納品予定の荷物はないと」
「注文漏れの可能性は?」
「ありません! 特殊な色の花も含まれていたので、先週には再確認まで済ませました」
それだけ貴重な花を発注していたということだ。
「発注先はどこだ?」
「ローズガーデンです!」
その名を聞いた瞬間、颯斗の脳裏に浮かんだのは、あの父娘。まさかと思いながらも、関与を疑わざるを得なかった。
「至急、ローズガーデンの担当者に直接連絡して確認してくれ」
「はい!」
女性社員は返事とともに、事務所へ駆けて行った。
「嵯峨さんはガラス修理の手配を頼む」
「承知しました」
「剛田、警察が到着したらこいつを引き渡す。それまで監視していてくれ」
「畏まりました」
「ま、待ってくれ! 警察だけは勘弁してくれ……!」
そんな哀願が通るはずもない。
やがて美玲が戻ってくると、警察がすでに到着しており、項垂れた内田は連行されるところだった。
「後ほど、ドラレコの件と合わせて事情を伺います」
「はい」
危険運転の通報で駆けつけた警察が、まさか別件の犯人を連れて帰るとは想像もしていなかったに違いない。それにしても、内田の不正はまだまだ出てきそうだ。
***
――ガチャ
式場内の事務所に入ると、颯斗が先ほどの女性社員に問いかけた。
「どうだった?」
「直前になって、向こうで勝手にキャンセル処理されていたようです」
「……あり得ない」
取引に私情を持ち込むなど、社会人として論外だ。
「再発注は? 対応してもらえるのか?」
「“うちは関係ない、勝手にしろ”という指示が出ているようで……」
業績改善の話し合いに赴いたはずが、娘が出てきて交渉どころではなく、挙げ句に勝手な注文取り消し。呆れるほかない。
「だが、お客様に迷惑はかけられない。手配できそうなところは?」
「特殊な品なので簡単では……」
解決策が見つからずとも、悠長に構えてはいられない。
「あのっ、最悪、納品はいつまでに間に合えばいいんですか?」
美玲が女性社員に問いかける。
「うちは保管環境が整っているので、余裕を持って今日の納品にしていたのです。使用は明後日の午後の式。フローリストは明後日午前に入る予定なので……」
「なら、明後日の早朝までに届けばギリギリ何とか……。発注リストを確認させてもらえますか?」
「はい、こちらです」
美玲は信頼するフラワーショップや問屋の顔を思い浮かべた。一軒では難しくても、自分が頼めば動いてくれるはず。それだけの関係を築いてきた。
「専務、私に任せてください。心当たりに片っ端から当たってみます。離れてよろしいですか?」
「もちろんだ」
颯斗の胸中には、彼女なら状況を打開してくれるだろうという予感があった。根拠はなくとも、不思議なほどの信頼を抱かせる。
視察のはずが、危険運転に巻き込まれ、支配人の不正が発覚し、さらに花の納品トラブル……。
(次から次へと、何なのよ……。でも、新郎新婦に迷惑だけはかけられない。間に合わせてみせるしかないわ)
秘書を引き受けたばかりに嵐のような騒動に巻き込まれているが、投げ出すわけにはいかない。空き部屋を借り、必死に電話をかけ続けた。
***
――ガチャ
戻ってきた美玲が事務室の扉を開けると、颯斗はソファで書類を見ていた。他の社員も黙々と業務を続けている。
「結果は?」
「はい。皆さん協力を約束してくださいました。多少単価は上がりますが、すべて明後日の朝に納品可能とのことです」
「本当か! 信用を買うようなものだ。費用など問題ではない」
勢いよく立ち上がり、美玲の報告に安堵する颯斗。父親である社長が彼女を秘書に任じたときは甘やかされた御曹司を想像していたが、専務として冷静な判断力を持つ姿に、美玲も胸を撫で下ろす。
「あの……本当に間に合うんですね?」
「はい、間違いなく」
「よかった……ありがとうございます」
安堵のあまり涙を浮かべてその場に崩れ落ちたのは、この挙式を担当していたプランナーだった。新郎新婦の想いを大切に準備を重ねてきただけに、不安は計り知れなかったのだろう。
だからこそ、美玲にはローズガーデンの横暴が許せなかった。
「専務」
「どうした? そんなに険しい顔をして」
「ローズガーデンを、どう処遇なさるおつもりですか?」
「こちらから取引停止の処理を進める」
判断としては正しい。だが美玲には、それでは生ぬるいとしか思えなかった。
「私に一案があります。お任せいただけませんか?」
冷ややかに言い切る美玲。その表情に、颯斗は思わず背筋を震わせた――