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結婚式当日――
早朝から配送のトラックがひっきりなしに出入りし、次々と花が運び込まれていく。スタッフたちは慌ただしく動き回り、式に向けて着々と準備を進めていた。
その中には美玲の姿もあった。今日はスーツ姿ではなく、軽やかに動けるラフな服装にエプロン姿。率先して重い荷物まで運び、汗をかきながらも黙々と作業をこなしている。厨房では披露宴の料理が次々と仕込まれており、熱気と活気に包まれていた。
会場のテーブルセッティングはすでに整っていて、あとは花々が飾られれば完成という段階だ。
支配人が逮捕されるという前代未聞の事態のため、現場はエリアマネージャーが采配を振るっていた。幾つものハプニングが重なったが、新郎新婦に一切影響を出さないよう、全員が総力を挙げて奔走している。
「花の搬入はどうですか? 問題はありませんか?」
「問題どころか、いつも以上に鮮度がよく上質なものばかりです」
「それは良かった」
急な追加注文で心配していたが、フローリストの言葉に胸を撫で下ろす。
「私も少しお手伝いしてよろしいでしょうか?」
「え……」
フローリストが一瞬戸惑うのも無理はない。彼らから見れば、美玲はただの素人にしか映らない。
「足を引っ張らない程度には経験があるつもりです」
「そうなんですね……では、お願いします」
彼女はレイアウト図を差し出す。そこには細部まで綿密に指示が書き込まれており、その丁寧な仕事ぶりがにじみ出ていた。フローリストたちが大きな装飾に取りかかる横で、美玲はテーブルの花を任される。
彼女の手は迷いなく動き、花を手際よく整えていく。次々と仕上がるアレンジメントはどれもバランス良く、美しく輝いていた。スタッフたちは驚きの視線を送るばかりだ。
「さ、嵯峨さん」
「はい」
「あなた、一体何者なんですか?」
「え……?」
足を引っ張るどころか、美玲の手際で作業は予定よりも早く進み、時間すら余るほどだった。
「櫻井専務の……ただの秘書です」
「そんな馬鹿な!」
思わず声を荒げてしまうほど、会場の花々は見違えるほど映えていた。
***
会場の準備にひと区切りつき、美玲が外へ出たその時――
「あらぁ、おばさん、まだいたの?」
「花咲さん……こちらに何の御用でしょうか?」
「そんな余裕の顔をしていられるのも今のうちよ」
やはり花の件に関わっていたのだろう。この場に姿を見せたということは……。美玲は首から下げたスマホのボタンを、ユリに気づかれないようそっと押す。
「本日は貸し切りで結婚式がございます。部外者の方はご遠慮願えますか?」
「ふんっ。パパの会社――ローズガーデンがここに花を納品してるのよ? 出入りしても問題ないでしょ?」
「納品でしたら、裏口からお願いします」
彼女は社長の娘という肩書きを笠に着ているだけで、従業員でもなく、ただのワガママな来訪者にすぎない。
「少し見学しに来ただけよ。困ってる顔を見たら、すぐ帰ってあげる」
「困る? 特に困ってはおりませんが」
「はぁ? あんた知らないの?」
「何を、でしょうか」
「退きなさいよ!」
余裕を崩さない美玲に苛立ったのか、ユリは舌打ちしながら彼女を押しのけ、会場の扉を開け放った。
「これは……どういうこと?」
「どういうこと、と仰られても。結婚式の準備をしているだけですが、何か問題でも?」
「どうして花が揃ってるの!? 発注は止めたはずよ!」
気が動転しているのか、自ら不利な発言を口にしていることに気づいていない。
「発注を止める? 何かの勘違いでは? ご覧の通り花は揃っています」
「そんなはずない! 困らせてやろうと思って、パパに止めさせたんだから!」
「つまり――あなたは私情で、結婚式という大切な日の花を勝手にキャンセルさせた。そういうことですね?」
「そうよ!」
本人の口からはっきりと証言を引き出せた。
「皆さん、今のお言葉をお聞きになりましたか? ローズガーデンは発注を勝手に取り消し、取引先を困らせる会社だそうです」
「はぁ!? あんた誰に向かって――」
「さぁ、今は何人くらいご覧いただいているのでしょうか」
美玲は首から下げたスマホを持ち上げ、画面を確認する。
「まさか……冗談でしょ?」
「1.5K? 朝から多くの方にご視聴ありがとうございます~」
「い、1.5!? やめて! 今すぐ止めなさいよ!」
「ライブって残らないんですよね? 私詳しくないんですが」
「そんな問題じゃない! そのスマホ渡せ!」
鬼のような形相で掴みかかるユリ。その姿はリアルタイムで配信され、多くのコメントが流れていく。
『うわ〜リアル赤鬼』
『パパに頼んでキャンセルって頭おかしい』
『ローズガーデン終わったな』
『拡散した』
『皆さん気をつけて〜』
「こんなことして……覚えてなさいよ! 訴えてやる!」
『自分の非棚に上げて訴える?』
『逆ギレw』
『草』
――ピコピコッ、ピコピコッ
場違いな可愛らしい着信音が鳴り響く。ユリが慌ててスマホを取り出し、通話ボタンを押した。
「もしもし! パパ助けて!」
その向こうからは、男性の声がかすかに漏れ聞こえてきた――
コメント
3件
流石!美玲ちゃん👍 もっとお仕置きが必要ですよ💢
美玲ちゃんブラボー👏これはスゴい👏 ユリまんまと罠にハマり、自ら墓穴をほり堕ちていく〜😆 きっとパパも今ごろたーいへんなことになってそう😆 父娘仲良く一緒にさようなら〜! そそ、はーくんとは結婚できません!それどころか、永遠に会えません!残念でした〜( ´Д`)ノ~バイバイは