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翌日 俺は犬の若井に会うと小さな紙切れをそっと渡した
「これ…」
「はい、これ元貴の居場所」
明日若井は完全オフだからと思い急遽往復の新幹線チケットを取っておいた
それも同時に渡す
「明日俺に会って来て」
こういうのは早い方がいい
若井は呆然としつつメモとチケットを握り大きく頭を下げた
「ありがとう…ありがとう」
なんだよ…大袈裟だな
そんなに頭下げるなんて俺なりに頑張った甲斐があった
良い奴…いや、いい犬だな
まだ頭をあげない若井に俺は
「なあ、もう一人の俺ってどんな奴?」
きっとこの先も会うことがないだろうから聞いてみようと思った
一番近くに居て俺を感じ取っていた犬の若井に思い切って聞いて見たかった
それはよく言うドッペルゲンガー
この世に同じ顔をした人間が3人いるってやつだ
会えばどっちかが死ぬっていう
実際人間ではなかったが犬と若井が出会って犬が死んでしまったのだから 案外嘘ではないのかもしれない
俺はまだ死にたくないしもう1人の俺も死なせる訳にはいかない
俺にも人生があるしもう1人の俺にも大切な人生がある
やっと頭をあげると若井は
「うーん…」
と、悩みつつ若井は直ぐに優しい顔になる
「優しくて可愛くて一生懸命で…俺にとってかけがえのない人だよ」
そっか
俺と違って優しくて可愛いんだな
残念だな、物凄く性格悪かったら面白かったのに
こんなに愛されて…同じ顔しといてなんだか羨ましい
「なあ…」
今度は若井が俺に声をかける
「昨日収録後にいたアイツって誰?」
アイツか
気にしてくれてたのか…
もしかしたら犬なりの何か感じ取ってくれてたかもしれない
「なんだよ…心配してくれてんの?」
「え…」
「ただの知り合いだよ」
俺はそう言っておいた
色々あるけど実際間違いではない
若井は複雑そうに俺を見る
あっちの俺じゃなくて俺自身を心配してくれてんのか
何があったのか知らないけど心配してくれているのは本当に有難い
でも関係の無い犬の若井には心配させられないな
「大丈夫…大丈夫だよ」
俺はそう言ってなんとなく笑っておいた
*
俺がいる東京から新幹線で数時間、電車、バスを乗り継ぎ揺られ数十分でそこに辿りついた
それは田舎と呼べるようなのどかな場所
一面田畑が広がるのんびりとした雰囲気だ
元貴に往復に新幹線のチケットと半ば強引に渡され小さなメモを頼りに歩く
そこに書かれてあったのは保護犬施設だった
たどり着くとそれは田舎にぽつんとある小さな建物だった
本当にここに…元貴がいるのか?
いや、よく考えたら保護犬施設で働いているなんていかにも元貴らしい
既にドキドキが止まらない
今更だが会ってどうするんだ
何を話すんだ
まずこんな姿で信じてもらえるのか?
ここまで来て俺は怖気づいてしまっていた
やっぱり帰ろうか…
そう思い来た道を戻る
また違う日に来たらいい
今日はそんな日じゃないんだ
そうなんとか自分にいい聞かす
でも…こっちの元貴に怒られるかもしれない
一人オロオロしていると 正面から犬を数匹リードで連れたヒトが歩いて来た
そのヒトは犬に目を配り優しく語りかけるような仕草で散歩し施設に戻ってくる様だった
色白で小柄で細身、黒髪は耳下までとすっかり短くなっていたが眼鏡をかけ嬉しそうに歩くヒトにその姿に俺は見覚えがあった
間違いない
ずっと会いたかったヒト…
俺が呆然としているとヒトは俺に気付く
「こんにちは」
と笑顔で挨拶し俺の横を通り過ぎようとした
「あ、あの…!」
俺は声を振り絞り言った
ヒトは振り返り俺を見る
「えっと…俺の事…覚えてない?」
うまく言えない
こんな事を言いたい訳じゃないのに
…こんなのただの変質者じゃないか
「えっと…謝りたくてここに来たんだ…」
あの時信じてあげられなくてごめん、ってどうしても伝えたかった
じゃないと俺は成仏できない
「ごめん…本当にごめん」
俺は頭を下げた
涙を必死に堪える
「あの…誰かと間違えてないですか?」
ヒトは怪訝そうな顔をしてそう言う
俺は頭をあげ必死に説明する
「こんな姿だけど…俺…犬だったんだ」
「え…」
「元貴と一緒にいた…犬だよ」
俺は泣きそうな顔のまま元貴を見つめる
「ずっと…後悔してたんだ」
何も言えないまま別れてしまった事を
「今まで一緒にいてくれてありがとう」
俺は耐えきれなくなってうつむき溢れ出る涙を手で擦る
「ありが…とう」
涙が止まらない
言葉にならない
もっともっと伝えたい事があると言うのに何も言えない
なのに大の知らない男が一人号泣してるなんて…
さぞドン引きだろう
「…俺の方こそありがとう」
声をかけられ俺は泣きながら顔をあげ恐る恐る元貴を見る
元貴は優しく俺を見つめてくれていた
「若井…だよね、会いに来てくれてありがとう」
俺はその言葉だけで充分だった
もう果たせた
勝手に体を借りてごめん、そしてありがとう
若井…
君に…返すよ
俺は意識を飛ばしその場に倒れた
20250301