「う…」
俺はぼんやりと意識をゆっくりと戻してく
ああ、なんだか…顔周りが異様に…くすぐったい…
と、そこではっきり意識を戻すと5.6匹の犬達に囲まれ顔を大いに舐められていた
「うわあ!」
大声を出し俺は起き上がると大きな目眩に襲われた
…そうだ
俺はずっと意識の深い所にいたんだ
ずっと誰かが見ていたぼやけた映像を見ていて…
「だ、大丈夫…?」
横から声を掛けられ俺ははっとする
見ると見慣れた顔があった
「元貴…?」
いや、似ているがちょっと違う
黒髪は耳下までと短く前髪がある分、幼さが残る
黒縁眼鏡はいつもと一緒だ
元貴はそこに膝をつき心配そうに俺を見つめている
これが犬が恋焦がれたもう一人の元貴なのか
「若井…?」
「え…あ、はい」
お互い顔を合わせキョトンとする
「え…?」
「…え?」
どうも噛み合ってないようだ
「え…っと、ちょっとだけ…歩ける?」
「あー…うん」
元貴はリードを引き数匹の犬を連れ先に歩いていく
近くの施設にまで行くとひとつの小さな部屋に通された
質素なソファーに机…俺は奥側のソファーに腰掛ける
「どうぞ」
「あー、ありがとう」
出されたお茶を一口飲みつつ…元貴をチラ見する
…俺の知ってる元貴より一回り体が小さいんだ
元貴は俺の正面に座ると
「あの…あなたは誰?」
ここの元貴は言いにくそうに言う
誰? 誰って…
うーん
その問いに俺も悩みつつも取り敢えず自己紹介をした
「俺は若井滉斗っていうんだけど…えーっと…」
犬に体を乗っ取られてからの記憶もぼんやりとながらもある
だが何から話すべきなんだろう
…っていうか俺一応有名人なんだけど
俺は少し前のめりになると、ここの元貴に聞く
「マジで俺の事知らない?」
ちょっと口説いていえう感じになってしまったものの当の元貴は変わらずキョトンとした表情をしていた
「え、知らない…けど」
マジかー
俺は面食らった
そういえばこの施設に来て他の職員さんに会っても全然反応がなかった
くそー、俺もまだまだって事か
大きく息を吐いて言葉を繋げる
「…今度観に来てよ、ライブあるから」
というと今度は
「え、歌手なんだ…ごめん、俺テレビ観ないから」
って逆に謝られた
いや俺は歌手ではないけど…まあ、いっか
「…ねえ?」
今度は元貴が前のめりになると笑顔をつくった
「名前…一緒なんだね」
若井って名前だな
そうだ、俺もすっげーびっくりした
「俺もう上がりなんだけどもし良かったらご飯食べに行かない?」
あ、そういえばそんな時間か
「着替えて来るから待ってて」
「お、おう…」
まだ時間もある
俺は元貴に誘われるがままにひとつ返事でついて行った
*
何処のレストランかと思っていたら近所の小さな弁当屋のイートインだった
田舎にポツンとそれはあってそこだけ明かりが灯されている
元貴は黒のオーバーサイズのパーカーを腕まくりし、ゆるっとしたジーンズという出で立ちだった
黒い服で色白の肌がさらに強調している
首筋が…綺麗だな
思わず見とれてしまった
慣れたように注文し店内の限られた少ない席につく
「良かった…席空いてた」
って言うと
「いつもここに来んの?」
と聞いてみた
「たまに来させて貰って持って帰って家で食べてるんだ」
しょっちゅうでは無いところを見ると節約しているんだと思った
頼んだ弁当は秒でできると元貴はカウンターへとかけて行き
「ありがとうございます」
と両手で受け取る
元貴のそういう感謝の気持ちがいい
「はい」
「お、ありがとう」
ペットボトルのお茶と共にのり弁を差し出され素っ気ないテーブルと椅子で向かい合って食べる
うわ、うっまー
のり弁はたまに食べるがこういう店内で食べる事なんてそうそうない
あー、なんて新鮮なんだろう
「美味い?美味い?」
って元貴は手を止め俺に問う
俺は口に頬張りつつ大きく何度も頷くと元貴は嬉しそうに笑う
きっとのり弁がお気に入りなようだ
「あの…俺の事話していい?」
元貴は箸を置くと姿勢を正す
「俺と若井…いや、犬と一緒に住んでたんだけど俺が職場で倒れて…しばらく入院して何も言えないまま別れちゃったんだ」
と言うと俺を見つめゆっくり話す
「退院してすぐに迎えに行ったんだけど会わせてくれなかった…俺は飼い主失格だったんだ」
犬も元貴も後悔してたんだな
「でもこうやって再会できた…あなたのおかげだよ、本当にありがとう」
見つめられそう優しく語りかけられ俺はドキドキした
え、なんだこのドキドキは…
戸惑う俺に元貴は
「宿主になってくれてありがとう」
俺はその優しく美しい表情に見とれていた
が、直ぐに元貴は我にかえると
「あ、喋りすぎちゃった…こめん」
そう言われたけど不思議とずっと聞いていられた
いや、もっと聞いていたいって思ってしまった
…可愛いな
そんな事まで思うようにもなった
犬であった時の気持ちが残っているせいなのか
それとも俺個人の感情なのか
「右手…出して」
俺は箸の手を止め自分の手に付けていたシルバーのブレスレットを外すと元貴の右手首につけた
「これ…」
「ずっと付けてて」
流石に俺だと思ってて、とは言えなかったけどその気持ちは充分にあった
だが元貴は直ぐに
「いいよ、こんな高そうな…」
「元貴に付けてて欲しいんだ」
俺はついゴリ押した
「…ありがとう」
元貴は右手に付けたブレスレットに触れ嬉しそうに笑う
その表情に俺は少しだけ好意を持ってくれているのだと思った
一緒にいたい
もっと仲良くなりたい
そして叶うならば特別な関係になりたい
…何考えているんだ
俺は…俺には大切な人がいるというのに
なのにどんどん気持ちが持っていかれる
「…元貴の家に行きたいな」
「え…」
「ダメ?」
俺は元貴をじっと見つめる
元貴は少し考えると
「ちょっとだけなら…」
と、渋々了承してくれた
*
弁当屋から少し歩くと2階建の小さな集合住宅がみえた
1階の端っこの部屋のドアの鍵を開けると元貴はすぐに
「ごめん、散らかってるから」
と言い急いで片付けろうとする
俺はその元貴を腕ごと後ろから抱きしめる
「え…」
「好き…好きだ…」
自然に言葉が出る
どうしても衝動…が止められない
やっぱ細いな
力を入れると折れてしまいそうな身体だ
そしていい匂いがする
石鹸の…優しいいい匂いだ
「元貴…」
手を緩めこっちを向かせキスをしようと顔を近づける
だが意に反して元貴は直ぐに顔を背けた
「それは…どっちの気持ち…?」
元貴が俺に問う
「その気持ちは犬の若井?それとも…人の若井…として…?」
俺は少し悩みつつ答える
「人として…かな」
その気持ちに間違いはない
俺は元貴の顔を向かせ顎に手をかけると薄く整った唇にキスをした
20250308
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