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善斗へと男の腕は真っ直ぐに振るわれる。女子高生が悲鳴を上げて自身の目を覆った。
「ッ!!?」
しかし、その男の腕が空中で止まる。鋭い善斗の眼光と、発せられる威圧感に怯んだからだ。
「な、な……」
「……なんだ?」
口をわなわなと振るわせる不良に、その原因である善斗は困惑したように眉を顰めた。
「何だよこの、オーラ……ッ!」
「や、やべぇ……こいつ絶対やべぇってッ!」
「に、逃げんぞッ!」
腰の引けた足取りで逃げ去って行った不良達を、善斗は意味の分かっていないような目で見ていた。
「は……?」
「……おいおい、すげぇな善斗! 睨んだだけで逃げてくなんてねぇだろ? 普通」
「あ、あの、ありがとうございました……!」
善斗は未だに呆然としながらも、深々と下げられた女子の頭を上げさせた。
「いや、俺は何も……してないんだが」
「そりゃ、アレだろ。隠された力的な?」
「まぁ、善斗は目つき鋭いからね」
雑なフォローを入れる僕だが、当然この不可解な現象を引き起こしたのは僕である。善斗の持つエーテル体……所謂、気と呼ばれる奴を一時的に開放することで、善斗の威圧感を何十倍にも引き上げただけのだ。これだけだと元が全然怖く無ければ大して意味は無いので、実際元からの威圧感も関係はある。
「そう、なのか……?」
善斗は自身の体を見下ろしながら呆然と呟く。実際、僕も迷った。介入するのか、するとしてどうするのか。でも、迷ってる内に喧嘩は始まってしまった。その拳を善斗が受けるのが嫌だったので、僕は咄嗟に力を使ってしまった。
「ま、そんなに気にしなくても良いんじゃね?」
「……まぁ、そうだな」
絵空の言葉に気持ちを切り替えたらしい善斗は、じっとこちらを見ていた女子高生に視線を合わせる。
「どうした? 一人で帰るのが怖いなら付き添うが」
「い、いえ、あの……本当に、ありがとうございました!」
「あぁ、大丈夫だ。本当に何もしてないからな俺……」
女子はぺこぺこと頭を下げた後、善斗と連絡先を交換してから去って行った。何というか、逞しいね。
♢
カラオケボックスに辿り着いた僕らは、思い思いの曲を歌っていた。
「アンタは捨てなと言うけれど~、俺にはどうにも捨てられねぇのさ」
絵空がマイクを片手に、得意げな表情で歌う。実際、絵空は歌が上手かった。実際、クラスの十五人くらいでカラオケに行った時に僕も居たのだが、絵空が一番上手だったように思える。
「ふぅ……偶に歌いたくなるんだよなぁ、これ」
「いやぁ、上手いね。絵空」
歌い終わった絵空を僕が褒めると、絵空は照れ臭そうに笑った。
「へへっ、ありがとな。言っても、音程とタイミングを合わせてるだけだからな。練習したら誰でも俺くらいは上手くなれるぜ? 俺も、昔は歌とか下手だったし」
「へぇ……僕も練習してみようかな」
「良し、俺の番だな」
善斗がマイクを手に取って立ち上がる。流れ始めたのは、アニメの主題歌だった。善斗は少年漫画とかアニメが結構好きで、彼の正義漢振りもそこら辺が由来なのでは無いかと思っている。
「さて、次は……」
善斗の歌に軽くノリながら、次に入れる曲を選ぶ僕だが、こうしているとふと思う。やっぱり、全知全能を持っているかと言って僕が凄い人間になった訳じゃないんだって。
善斗は人が襲われていたら自分の身を顧みずに直ぐに助けに行ける正義漢だし、絵空は歌が凄く上手いし色んな所で気が利く。こんな奴らの友達で居られる僕は幸せ者だ。
だからこそ、僕は絵空を助けたことも善斗を助けたことも後悔しないことにした。例え、それが原因で何か僕に不都合が起きたとしてもだ。
「おーい、治。お前の番だぞ」
「ん、あぁ、ごめんごめん」
僕はマイクを取って立ち上がり、いつも通りの下手くそな歌を披露することにした。