夜明けの森を後にし、3人はふらつきながらも村へと帰還した。
戦いと逃避行の爪痕は深く、誰もが疲弊していたが、その胸には確かな誓いが灯っていた。
「……ただいま……」
村の門をくぐった瞬間、待ち構えていた村人たちのざわめきが広がる。
「涼ちゃんだ……!」
「生きて……戻ってきたんだ!」
歓喜と驚愕が入り混じった声が波紋のように広がる。
その人垣をかき分けるようにして、藤澤の両親が駆け寄ってきた。
彼の目に、涙に濡れた母と父の姿が映る。
「……お母さん……? お父さん……?」
かすれた声で呟くと、両親は力強く抱きしめた。
「涼架……! ごめんね、ごめんね……っ!」
母の腕が震え、父の背中越しに嗚咽が漏れる。
だが涼架は、涙を流すことができなかった。
罪悪感と恥が胸を支配していたからだ。
「……僕……ずっと、汚されて……自分で薬を作らされて……ッ」
うつむく声は震えていた。
「……もう、帰れないって……そう思って……」
こぼれた言葉を、母は首を振って遮った。
「どんな時間を過ごしても……あなたは私たちの子よ!」
大森と若井もその光景を見つめ、胸が熱くなる。
そこで、真っ先に声を張り上げたのは若井だった。
「泣けよ、涼ちゃん! 泣いていいんだ! 俺たちがいる!」
その力強い言葉が響いた──が。
次の瞬間、藤澤よりも先に、若井の目から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
顔をぐしゃぐしゃにして、嗚咽を堪えきれない姿。
「……お前が泣いてどうすんのよ。泣き過ぎなのよ」
呆れ半分に突っ込む元貴。
その一言に、緊張していた空気がぱっと緩んだ。
「ははははっ!」と、村人たちが一斉に笑い出す。
泣きながら笑う人もいて、場は不思議な温かさに包まれた。
藤澤もつられて笑い声をあげた。
その笑顔の中で、抑えていた涙が一気に溢れ出す。
「……っ、ひっく……僕、帰りたかった……ずっと帰りたかったんだ……!」
その言葉に、両親はさらに抱き寄せ、若井も元貴も隣で彼の背を支えた。
村人たちは静かに涙を流しながら、その光景を見守っていた。
暗闇と絶望の中にあった若者が帰ってきた。
失われたと思っていた絆が、確かに蘇った。
やがて、朝日が村を黄金色に染めていく。
藤澤は涙を拭い、震える声で呟いた。
「僕、生きてていいんだね……」
大森が優しく答える。
「生きて、笑って、音を鳴らして。俺たちと一緒に」
若井が力強く頷いた。
「これからは3人で、もう一度始めよう」
藤澤は小さく微笑んだ。
「……ありがとう。本当に、ありがとう……」
こうして彼は初めて、自分の居場所を確信した。
失われた時間は戻らない。
だが、これからを共に歩めばいい。
「禁忌の薬師」であっても、仲間であり家族である2人がそばにいる限り、未来へ進めるのだと。
朝の光は、三人と村全体を祝福するかのように降り注いでいた。
──村に戻ってから数日。
長い戦いと、重く苦しい日々がようやく終わった。
今夜は祭りのように、村の人々が焚き火を囲み、笑い声を上げていた。
その輪から少し離れた丘の上に、三人は肩を並べて座っていた。
「こうして……また三人で一緒にいられるなんてな」
若井が夜空を見上げながらぽつりと呟いた。
「夢みたいだよね」
藤澤が柔らかく笑い、円環の鍵盤を撫でるように指でなぞった。
「夢じゃねーよ。だって、こうしてみろよ」
大森は両隣の2人のほっぺたをくいっとつねった。
「いてててててて!!ってーなー!元貴!」
「うぅ…痛いよ……ひどいよ……」
笑い合う三つの影。
静かな夜風が三人の髪を揺らし、幼い日の記憶を呼び覚ます。
泥だらけになって走り回った草原。
「もう一回!もう一回!」と笑いながら声を上げていたあの頃。
藤澤が小さな声で言った。
「ねぇ……また、あの頃みたいに戯れてみる?」
くすぐったいような沈黙の後、若井が立ち上がり、笑った。
「久しぶりにあれ、やってみる?」
「おっ、いいねぇ」
大森がすぐに返す。
「うん、やろう!」
藤澤も力強く頷いた。
たったひと言の「あれ」で、互いの胸に浮かぶものは同じだった。
子供の頃から三人で繰り返してきた、音を重ねる遊びのようなセッション。
若井は琵琶型の大剣を背から降ろし、弦に指を置く。
藤澤は円環の鍵盤を光らせ、粉がきらきらと舞った。
大森は深く息を吸い、歌声を放つ。
紅い帯が夜空に舞い、五線譜のように広がっていく。
若井の弦が重厚に響き、藤澤の鍵盤が光の花弁を散らす。
それは戦いのための力ではなかった。
ただ、音を奏で、心を分かち合うための音色だった。
子供の頃、笑いながら繰り返した遊びが、今は深い絆の証として夜空に描かれる。
「なぁ……」
若井が弦を弾きながら小さく言った。
「生まれ変わっても、俺たち3人一緒な」
藤澤は目を潤ませ、大森は微笑みながら頷く。
「もちろん」
「当たり前だろ」
三人の音が夜空に溶け、星の瞬きと混ざり合った。
その瞬間、過去も痛みも全て抱きしめ、未来へと進む決意が心に刻まれた。
『貴方を想う 来世も……』
三人は顔を見合わせ、笑った。
子供の頃のように、無邪気に。
そして確かに、またここから始まるのだと思えた。
──そう、3人なら、どこへでも。
END
この作品、番外編をリクエストで頂いているので、少々お時間頂きますが またお会いしましょう〜☺️✨
コメント
2件
終わっちゃった〜今回は最初え!?ってなったけどその後は完璧ハッピーエンドでよかった!!