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秋の陽はあっという間に沈んでしまう、そんな言葉を思い浮かべたリオンは、俯き加減に歩くウーヴェをちらりと窺い、視線どころか顔ごと逸らされて溜息を吐く。

先程ハシムの墓の前でリオンが誓った言葉がどうやらウーヴェの心の琴線を素手で掴んでしまったようで、あの後涙が止まらないと怒鳴られたのだ。

俺のせいじゃないと反論したリオンだが、真っ赤になった目でギロリと睨まれてしまえばそれ以上反論する事も出来ず、一先ずは恋人の心を静める為にゴメンと謝ってみた。

だが中々納まらなかったのかそれとも別の理由からか突然歩き出した為、慌てて追い掛けたリオンが追いつき追い越した後、くるりと振り返って名を呼び、やっと並んで歩くことを許して貰えたのだ。

だが許して貰えたのは歩く事だけで、視線を合わせようとすれば逸らされ、顔を見ようと覗き込めばあからさまに逸らされてしまえばやはり面白い訳はなく、次第にリオンの顔が膨れっ面になっていった。

せっかく見つけた恋人を二度と手放さないと決めたばかりなのに、こんな事ですれ違う-と言うよりはケンカ未満の些細なものをしたくないリオンが盛大な溜息を一つ吐いた後、ウーヴェの肩に両手を置いて驚愕に揺れるターコイズを真正面から見つめる。

「オーヴェ」

「・・・な、んだ・・・?」

どんな類の感情かは分からないが、左右に揺れる双眸を見ていると己が感じた不満など一瞬のうちに吹き飛んでしまいそうになる。

もしかするともう見る事が出来ないかも知れないとすら思っていた碧の目をまたこうして見つめる事が出来るようになったのだ。

それはやはり何にも代えられない歓喜となってリオンの身体を駆け抜ける。

「どうした?」

「うん────オーヴェ、すげー好き」

唐突な告白にウーヴェがどう返すべきか思案してしまうが、それすらも気にすることなくウーヴェの額に小さな音を立ててキスをしたリオンは、くるりと背中を向けて背後に手を差し出す。

「はい」

「・・・・・・何だ?」

「ん?だから、はい、どうぞ」

お前が抱え込んだ荷物を半分背負うつもりだと言わなかったかと、肩越しに振り返りながら問い掛けてくるリオンに絶句したウーヴェだが、差し出された掌にそっと手を重ねた後、振り向く頬に口を寄せて小さく笑う。

「聞いていないぞ」

「えー、そうだっけ?ま、良いや」

ほら、早く乗れとウーヴェを急かすように手を動かしたリオンにただ戸惑うウーヴェだったが、小さな溜息を零して意を決したようにリオンの背中に跨ると、軽い掛け声一つをあげてリオンが立ち上がる。

「────やっぱり軽いよなぁ」

「そうか?」

大人になってから人に背負われる経験など無いウーヴェは、もし人に見られれば恥ずかしいとの思いを抱くが、それを遙かに上回る一つの思いが胸を占めたことに気付き、そっと目を閉じる。

リオンの足の動きに合わせて上下に揺れる為に最初は怖々だったが、いつしかその一定のリズムが気持ちよくなり、広い肩に顎を載せるように身を寄せれば、背負い直すように身体が持ち上がる。

「・・・・・・重いだろう?そろそろ降りるから・・・」

幾ら平均より軽いとは言え下りの山道で、足元も舗装された道路や石畳ではないのだ。身体への負担を思えば早く降りるべきだと、心に芽生えた思いを押し殺して焦り半分に囁くと、意外な程真剣な声が返ってくる。

「降りるな、オーヴェ」

何があろうともお前を下ろすつもりはない。

ただ前を見つめながら一心に歩くリオンの横顔を盗み見たウーヴェの目に飛び込んできたのは、蒼い一対の至宝とも言える双眸に浮かぶ、誰に何を言われたとしても変える事を良しとしない強固な意志だった。

その強い意志と今この地上で誰より何よりも頼れる男の貌に息を呑み、肩に乗せるだけだった手を顎の下で交差させると良い子だと笑われる。

「・・・俺は子供じゃない」

「いつも俺のことをガキ扱いするんだ。今日ぐらい良いだろ?」

己の恋人をからりと笑い飛ばしたリオンは、その後何度も思い出した様に下ろせと告げるウーヴェの言葉を見事に無視し、暗くなっていく景色と競争するように足早に下山していく。

いつもに比べれば少し高くなった目線で左右に広がる山と森の光景を視界に納めていくが、空に広がるオレンジとそれをじわりと押しやってしまおうとするダークブルーに染まる空を見つめたとき、無意識に腕に力を込めてしまう。

今まで何度もこの山を独り往復したが、世界はこんな色彩を持っていたのだろうか。

まるで生まれて初めて見る夕景の様に感じ、目の前の肩に頬を当てるように顔を寄せると、どうしたと暢気な声が聞こえてくる。

「・・・・・・何でもない」

「そっか?」

「・・・ああ」

今振り返られれば怖ろしくみっともない顔を見せる事になる、その恐怖から何でもないと伝えたウーヴェだが、その声は微かに震えていて、いつもの様に軽く返したリオンもそれを肌で感じ取っていた。

実は密かにプライドの高い-と言うか弱い姿を隠そうとする己の恋人の性格を把握しているリオンは、今まさにその弱い顔を出している事を察し、そんな顔を見られたくないだろうと内心苦笑しながら掛け声を上げてウーヴェの身体を背負い直す。

滲む世界での夕景を脳裏に焼き付けようとするのか、瞬きも忘れてその光景に見入っていたウーヴェだったが、リオンが足を運ぶ動きに合わせて身体が揺れた結果、極度の緊張と秘密を伝えた安堵を経験した心身が同時に眠りを要求している事に気付いて瞼をそっと下ろす。

この景色が消え去ってしまう残念さはあったが、閉じた瞼の裏に消えることなくしっかりとそれが焼き付いている事を知って満足げな吐息を零し、聞こえてきたリオンの鼻歌を子守歌代わりに、あっという間に眠りに落ちてしまうのだった。



身体の彼方此方に感じるのは、すっかり馴染んでしまって鈍っている痛覚が察知した痛みだった。

またいつもの様に夢を見ていると頭の何処かが冷静に判断を下し、この先の光景に思いを馳せると同時に心の中に見えないフィルターを一瞬にして張り巡らせる。

そのフィルターで心を護らなければ、幼いあの日と同じに、今を生きる己の心が壊れてしまう。

事件が解決を迎え警察に保護されて家族と面会を果たした時、心配で真っ青な顔で駆けつけた家族と、護るように抱き上げてくれていた警官との顔の区別が全くつかなくなっていた。

家族でさえも見知らぬ存在に成り果てていた事を思い出すと、自然とその時に戻る訳にはいかない思いから夢の中で身構えた途端、呼吸が出来なくなったことに気付いて目を瞠る。

『・・・あんたなんか生まれてこなければ良かったんだ!あんたがいたから・・・っ!!』

この罵声も聞き馴染んだ声だと冷静に思案するが、彼の眼下にはいつもと同じように赤い首輪に繋がる鎖を掴まれた後、首輪の上から喉を絞められる己の姿があった。

生まれてきた事が間違いというのなら、何故自分を産んだのか。

心を壊され命すら奪われようとしているが、そんなことの為だけに自分はこの世に生を享けたのか。

女の絶望に冷淡な声で呟くのは今の己だが、幼い彼は当然そんな事を考える余裕も心の動きもなく、ただ首を絞められる苦しさに喘ぐだけだった。

ここで殺してしまえとヒステリックに叫ぶ男に喉を絞めていた女も負けじと怒鳴り返し、喉を締め上げる力がより強くなるが、もう何も見たくない聞きたくないと彼がぼんやりと思案したその時、まるでテレビのチャンネルを変えたときのように瞬時に場面が切り替わり、幼い彼と今の己が何があっても見たくない、その思いを嘲笑うように何度も何度も繰り返される光景が目の前に広がる。

身体を小さく丸め、見せられる光景にがたがたと震える彼とそんな彼を見下ろす己が重なり合い、過去と現在が一つになった彼の目の前で横たわる少年がぽっかりと空いた眼窩で睨んでくる。

『────っ・・・ひ・・・っ・・・!ぅ・・・アァア・・・っ!!』

再現される光景をただ見守る事しか出来ない彼の口から徐々に甲高い悲鳴が流れ出したその時だった。

床に転がる身体が温もりに包まれたかと思うと、今までどうあっても逸らすことも閉ざすことも出来なかった目が何かに覆われていき、無残な光景を遮りだしたのだ。

一体何が起こったのか理解出来ずに、ぼんやりと暗くなる視界を探るように眼球を左右に揺らすが、ただ見えたのは人の掌である事を示す皺だけだった。

『もう・・・見なくて良いんだぜ、・・・ーヴェ』

何を見なくて良いと言うのかが聞こえず、目の前の遮蔽物を取り除こうと手を動かすが、やんわりと抱き留められるように手を押さえられて何も出来ず、再び聞こえてきた声に耳を澄ませる。

『もう見なくて良い』

幼い己が経験した辛く苦しい記憶を再現する必要は無いと教えられ、俺も見たくない、こんな辛い記憶など消し去ってくれと悲鳴のような声を挙げれば、優しい温もりが感じられる声が名を呼んでくる。

『オーヴェ』

己をそう呼べるのはただ一人だけであることを思い出し、しかもその人物が自分を探しにここまで来てくれた事も思い出した後は、過去に引きずられていた心があっという間にその声に意識を向け始め、ヒステリックな男女の声も悲痛に沈む声も何もかもが砂嵐の音の向こうに掻き消えていく。

砂嵐の音が脳味噌の隅々にまで行き渡った時、目を覆い隠す手を撫でると掛け替えのない、決して喪いたくない温もりが指先からじわりと掌へと伝わり、身体を巡る血の流れに乗って全身へと伝播していく。

ああ、何時かの約束を守ってくれているのだと気付き、撫でた手を痛みを感じるほど握りしめると、次第に砂嵐の音も遠ざかり、徐々に静寂に包まれた世界が広がっていく。

その手がもたらす温もりと安堵感にごく自然と笑みを浮かべ、疲労を訴える身体に任せるように目を閉じ、いつまでも消え去ることのない熱だけを感じながら静かな世界に意識を埋めるように手放すのだった。



「・・・・・・ヴェ、オーヴェ」

優しく肩を揺すられて目を細く開けると、横倒しになって滲む世界にくすんだ金髪が見え、その中に驚くほど澄んだ蒼い一対の宝石が見えてくる。

自分はこの蒼い瞳の持ち主に背負われて下山していた筈だとぼんやりと思案するが、身体に触れるものがこの2週間ほど毎日寝ていたベッドのシーツである事に気付き、滲む世界をはっきりさせたくて瞬きを何度か繰り返す。

クリアになった世界の中心に存在する一対の至宝に触れたくてそっと手を伸ばすと、震える指先を軽く握られて驚きに目を瞠るが、指先から伝わってくる温もりが夢の中のそれと一致し、逆にその手を握って額に引き寄せて夢の中と同じようにきつく握りしめる。

意識があろうと無かろうと、掛け替えのない、手放すことなど出来ないと感じている温もりを自ら手放そうとしていた事にようやく気付いて目を伏せる。

過去を伝える事で離れて行ってしまう、その恐怖は己の思考回路を一瞬にして停止させる力を持つものだった。

幼馴染みにも彼ならば信用出来るだろうと言われたが、その言葉も彼自身の言葉も信じられず、文字通り逃げ出すようにこの村へとやって来た。

そんな自分を迎えに来てくれた事の嬉しさは、どんな類の言葉を持ってしても表せるものではない為、再び手を繋いで温もりを感じられる安堵から震える声で名を呼ぶ。

「・・・リーオ・・・っ」

「うん。どうした?」

指を撫で爪を撫でてそっと指と指を絡めるように手を組んでくるリオンをもう一度呼んだウーヴェは、じわりと浮かぶ感情を堪えようとぎゅっと目を閉じるが、閉ざした瞼の上にそっと口付けられた事に気付いて組んだ手に力を込める。

「泣くなよ」

少しだけ困惑した色を滲ませた声で囁かれて前髪を掻き上げられ、泣いていないと反論してみるが、信じられませんと長閑に返される。

「オーヴェの言葉は、もう・・・信じられませーん」

「リオン・・・っ」

何時かは話す、だから待っていてくれと言い続けていたが、リオンが寝ている間に黙ったまま姿を消してしまう道を選択した。やはりそれについては許せないのか、リオンが口調だけは朗らかに、だが蒼い眼には強い光を湛えてウーヴェを見つめ、その眼光の強さに負けるように瞼を閉ざせば三度長閑な声がウーヴェの耳に入る。

「信じねぇって、許せねぇって思っても・・・お前を愛してるんだもんなぁ。仕方ねぇよな、オーヴェ」

総てを達観した透明な笑みを浮かべて姿を見せた額にキスをしたリオンにウーヴェは何も答えられずに震える呼吸を繰り返していたが、リオンと繋いだ手は離さなかった。

付き合い出して一年が経過したが、その日々を喪いたくない一心で取った己の行動がどれ程恋人を傷付けたのか、恐怖という靄が晴れた為にやっと思い至ったウーヴェがきつく目を閉ざしたまま謝罪の言葉を口にする。

「・・・リオン・・・っ・・・悪か・・・っ」

「うん。────許すよ、オーヴェ」

互いに相手を傷付け合ったが、またこうして手を繋ぐ為に必要な言葉をひっそりと交わし、リオンの頭に手を伸ばして抱き寄せたウーヴェは、横臥する身体を抱き起こされて逆らうことなくリオンの身体に寄り掛かれば、白とも銀ともつかない髪にキスをされる。

「・・・ハンナがさ、晩飯どうするって聞いてくれてるぜ」

「・・・・・・要らない」

ハンナには悪いが空腹ではないと首を振って伝えたウーヴェにリオンが苦笑し、スープとゼンメルを貰ってきてやると立ち上がる。

「リオン、今は・・・」

「ここで一緒に食おうぜ、オーヴェ」

多少強引に告げられて苦笑混じりに頷いたウーヴェはそっとベッドに横になり、出て行く後ろ姿を目を細めて見送るが、程なくしてリオンがトレイを高く掲げるように戻ってくる。

「お待たせー」

その顔はいつもの陽気な子供のような顔で、またその顔を見ることが出来る様になった安堵が一気に胸の中に溢れかえる。

溢れる感情が形となって表に出ないように必死に堪え、ベッドの中で再度身を起こせば、足の上にトレイが載せられ、隣にリオンがもぞもぞと尻を突っ込んでくる。

「オーヴェ、あとちょっと奥に詰めてくれよ」

言われたとおりに端によると満面の笑みが浮かび上がり、リオンの家のベッドよりも狭いそこに二人が並んだ為にかなり窮屈になってしまう。

「レバーケーゼのスープだって」

後はゴマが塗されているものとクルミが入ったゼンメルだと笑い、腹が減ったと己の腹を見下ろすリオンに自分は食べたくないと再度断りを入れて掌を向けるとリオンの顔が一瞬申し訳なさそうに歪むが、あっという間にいつもの笑顔に取って代わられる。

「じゃあ遠慮無く!」

「どうぞ召し上がれ」

ハンナお手製の食事も自分に食べられるよりはこうして美味しく食べてくれるリオンに食べて貰った方が良いだろうと目を細め、恋人の食べっぷりを傍で見つめていたウーヴェだが、一体いつから食事をしていないんだと言いたくなるような食べ方に呆れてしまうが、次第に可笑しさが込み上げてきてついつい肩を小さく揺らしてしまう。

「ホーフェ?」

「口の中にものが入っている時に話しても伝わらないぞ」

己の名が呼ばれている事を予測しつつも可笑しさから拳を口元に宛がい、くすくすと笑っているとリオンも何故か笑みを浮かべ出す。

「ああ、ほら、ついている」

「・・・・・・あ、ダンケ」

口の端にパン屑がついている事を伝えるのではなく、そっと指先で摘んでやれば目を丸くしたリオンが礼を言うが、それを何気なく舐めて首を傾げると更にリオンの目が丸くなる。

「どうした?」

「・・・ぅ、ううん、いや、うん、何でもねぇ・・・」

「?」

何をもごもごと言っているんだと眉を寄せるウーヴェに何でもないと首を振り、今度このスープを家で作ってくれと言われ、レシピを聞いておこうかと穏やかに返し、絶品だと誉めるそれを横から一口奪って食べると、朝から何も食べていなかった臓腑に優しいスープの味が染み渡っていく。

「・・・美味しいな」

「うん。オーヴェが作ってくれるのも美味いけどさ、これも美味い」

二人で一つの狭いシングルベッドに並んで入り、一つのトレイに載ったささやかすぎる夕食を取っていると、どこからとも無く響いてきた声に動きを止めてしまう。

それは、自分一人が楽しげにしている事など許さない、そう伝えてくるような声だった。

その声に負けた様に一瞬のうちにウーヴェの顔から笑顔が消え去ったかと思うと、頭髪の色と同化したような顔色になるが、それをいち早く察したリオンがパン屑のついたままの手でゴメンと謝りつつウーヴェの手を教会にいた時と同じように胸の前で組ませ、そっと包み込む。

「オーヴェ。何か聞こえたか?」

自分には聞こえない声で何を言われたと問い掛けられ、答えようと口を開くウーヴェだが、やはり明瞭な言葉として声が流れる事は無かった。

ようやくリオンに過去を話せたとしても、20年来続く過去からの呪縛にも似た思いから解き放たれた訳ではなかった。

その事を誰よりも知っているウーヴェが苦しそうに眉を寄せ、リオンの掌の下で組んだ手を震わせるが、いつもいつでも聞いていたい声がいつもと全く変わらない口調で笑みすら交えてウーヴェを呼ぶ。

「そんなに緊張することねぇって。それにさぁ、何も今すぐに話せとか言わねぇし」

だから過去の声に怯えることもなければ、今の俺の声に無理に従う必要もない。お前のペースでゆっくりと思っている事を伝えてくれればいい。

何をそんなに思い悩むと、ウーヴェの悩みを理解した上で悩まなくていいと笑い飛ばすリオンに目を瞠り、音の出ない口を開けばそっと頷かれ、額に額を重ねてくる。

「約束。ゆっくりで良いから、ちょっとずつ教えてくれ」

それに誰かさんはすぐに忘れるようだが、こう見えても俺はクリポなんだ。忍耐力はヒンケルと付き合う事でも培われていると胸を張り、だから安心しろと片目を閉じられてしまえばただ頷くことしかできず、その拍子にぼろりと涙がこぼれ落ちる。

「あー、ハンナのせっかくのスープなのに塩味を付けちゃダメだろ?」

「う・・・る・・・っい・・・っ」

「はいはい。どうせ俺はうるさいですよーだ。────泣くな、オーヴェ」

組んだ手を包んでいた手で肩を抱かれ腕を撫でられ、仕上げとばかりに抱き寄せられてきつく目を閉じれば、瞼に押し出された涙が頬を伝う。

「あ、訂正」

「何・・・が・・・っ」

「泣いても良いけど、俺の前だけ。他の人の前で泣くのはダメ。ベルトランもダメ」

「・・・・・・泣くか・・・っ」

「その言葉は信じましょうかー」

自分の前でならば好きなだけ、それこそ涙が涸れるまで泣いても良いとも笑い、ウーヴェの頭に口を寄せたリオンは、とにかく今はこれを食べ終えてしまおうとゼンメルを差し出すが、涙が止まらないウーヴェにそれが食べられるはずもなく、小さく吹き出してしまう。

そんなリオンをじろりと横目で睨んだウーヴェは、リオンの手を無造作に掴んだかと思うと、大きな温かな手をタオルか何かだと言うように流れ落ちた涙を拭き取る。

ウーヴェのその行動に呆気に取られて何も言えなかったリオンだが、文句があるかと睨まれてナニモアリマセンと返すのが精一杯だった。

「えーと・・・オーヴェ、食っても良いかな?」

「・・・・・・好きにすれば・・・良い・・・だろう・・・?」

「うん、じゃあさ・・・」

俺の手を返してと、ウーヴェの手が掴んだままの己の左手を見つめたリオンだが、返ってきた言葉にぽかんと口を開くことしか出来なかった。

「嫌だ」

「イヤって・・・俺、食えねぇ・・・!」

「うるさい。これは俺のものだ」

「がーん」

俺の手なのにぃと、恨みがましい目でウーヴェを見たリオンだが、自分からこれを取り上げるのかと、それ以上に恨みがましい目で見つめられてがっくりと肩を落とし、一声吼えて代替案を提案してみると、暫く考え込んだ様子だったが小さな溜息交じりにその案が了承される。

「────ほら」

「あーん」

子供か雛に餌付けしている気分になると秘かにウーヴェが考えたことなど全く気付かない顔で差し出されるスープを食べ、ちぎって貰ったパンを食べたリオンは、毎日この代替案が通るのならば俺の左手を差し上げましょうと片目を閉じ、ウーヴェの肩を抱く右手はそのままで離れる事はなかった。

そうして二人でささやかな夕食を平らげた後、明日の早朝にこの村を出発し、午前中に街に戻って仕事の準備をしなければならないとウーヴェが伝えると、リオンが少し考え込むように天井を見上げるが、明日一日は休みだからオーヴェに付き合えると笑みを浮かべる。

「休みなのか?」

「うん、そう」

リオンがウーヴェに語ったのは、ヒンケルに半ば騙される形でここまでパトカーを運転させられた挙げ句、お前の休暇はちゃんと受理されている為、本来は休暇中の身であり、パトカーにいつまでも乗っていてはまずいという、管理する人間の立場の言葉だた。

「・・・何なんだそれは」

「ヒドイ話だと思わねぇ?ボスってマジで悪魔だ、悪魔」

あのトイフェルがーと、唸り声を挙げつつ吼えるリオンにただ呆気に取られるが、休暇であるのならば、そもそもどうしてこの村に来たと問い掛け、何日か前に市内を流れる川で子供の遺体が発見され、その犯人がもう一人の子供をこの山の何処かに埋めたと供述した為だと知り、痛ましげに顔を曇らせる。

「そうか」

「うん、そう。────あーあ。明後日でヴィーズンも終わりだなぁ」

楽しいことや賑やかなことが好きで、ウーヴェも一緒にヴィーズンに行こうと、振り返れば遙か昔のように感じる2週間ほど前に誘われたが、その時のウーヴェはヴィーズンなど一生涯訪れることのないお祭りだと思っていたし、またこの時期に陽気に飲んで騒いでのお祭り騒ぎが出来る心境にはならないと思っていたのだ。

だからリオンが本当は心待ちにしていた年に一度の祭りに一緒に参加できない事がふいに心に重くのし掛かり、すまないと伝える代わりに顔を伏せて身を小さくしてしまうと、上がった手が宥めるように頭を撫でてくれる。

「ヴィーズンには行けないけどさ、帰ったらゲートルートに行こうぜ、オーヴェ」

今の時期にだけ醸造されている限定ビールを飲んで酔っ払おうと、幼馴染みが経営するレストランで馬鹿騒ぎをしたいと誘われ、馬鹿騒ぎはともかくとして限定のビールを飲んでみたいと告げ、明日の出立が早い時間であることをヘクター夫妻に告げる為にウーヴェがベッドから抜けだすが、リオンも一緒に行くと言った為に二人揃って階下に向かう。

温かなリビングで不安そうに様子を窺っていたヘクター夫妻に食事をありがとうと告げ、明日の出立時間も伝えて驚かせるが、街に戻って仕事の準備をしなければならない事を申し訳なさそうに告げると、朝食の用意をしておくので、帰るときには必ず声を掛けてくれとハンナに念押しをされるのだった。

Über das glückliche Leben.

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