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リオンとのビデオ通話を強制的に終わらせたのは、ルクレツィオだった。
レイプし犬のように扱って自尊心をほぼ砕いたと思っていたが、リオンが俺の総てと伝えた後ウーヴェの目に僅かながら生気が戻った事に気付き、このまま会話をさせていると今までの調教-と言う名の拷問-が無駄になることにも気付いたのだ。
せっかく時間をかけて調教しもうすぐ訪れる客人に成果を見せることになっているのに、絶対に諦めない思いを再び抱かれてしまうと厄介なことになってしまう。
言いなりにならないと反抗心や反発心を持つのはそれを打ち砕く楽しみがあったが、必ず迎えに来るとの思いをもたれてしまうと、この先どんなに酷い暴力を受けたとしても必ず隙を見つけて逃げ出すかも知れなかった。
その危惧からビデオ通話に使っていたラップトップに繋がるケーブルを引き抜いたのだが、ジルベルトが驚いた様に見てきたため肩を竦めてこれ以上話をさせるのは危険だと告げ、納得のいっていない顔の幼馴染みにもう一度肩を竦める。
「ルーチェ、怒るな」
「……怒ってない。怒るとしたらこいつの顔を殴ったあの男に対してだ」
床に引き倒されているウーヴェを見下ろしたジルベルトが冷たい声で言い放ち、部屋の隅でがたがたと震えている男を同じ冷たさで睨み付けると、確かに顔を殴ったのは許せないとルクレツィオも溜息をつきつつ男を見る。
「割と力を入れて殴ったみたいだからな。痣になるな」
せっかく客好みの端正な顔をしているのに痣を付けてしまえば更に価値を無くしてしまうと舌打ちをし、少しでも痣にならないようにするために顔を冷やさせようと濡れたタオルの用意をトーニオに命じたルクレツィオは、客に見せるためにそろそろ身体の傷も手当てをしておこうとジルベルトに提案されて渋々頷き、もっと血を流している方が客も喜ぶと思うのにと諦めきれない顔で溜息をつくが、リオンにサディスティックと称されたことに苛立ちを感じその思いのままマリオを呼びつける。
「傷の手当てをして風呂に入れろ」
「分かりました」
ルクレツィオの機嫌が甚だよろしくないことを察したマリオはウーヴェの腕を掴んで立ち上がらせるが、抵抗するでも大人しく従う訳でも無いウーヴェに小首を傾げつつ地下室から連れ出し、顔を冷やすためのタオルを取りに行ったトーニオにも手助けして貰う為にバスルームに来てくれと告げるのだった。
部屋の隅で震えている男に対する興味を最早失った二人は、当分あいつの調教は休憩するからそのベッドで休んでいろと命じてリビングに上がっていく。
「ルーク、そろそろあいつの始末を考えないか?」
リビングのソファに力なく座ったジルベルトがタバコに火を付けつつ気怠げに呟くと、ルクレツィオも珍しくジルベルトのタバコを一本拝借し火を付けて不味そうに顔を顰める。
「……クスリをもっと与えるのか?」
「リオンが殺すなと言っていたからな」
始末と言っても殺すのではなく己の意思表示が出来ないほどにクスリで脳味噌を壊してしまえば良い、つまりは過剰投与で廃人にしてしまえば良いとジルベルトがテレビの隅でようやく起き上がって簡易ベッドに転がった男に向けて煙を吹き付けると、ルクレツィオが冷蔵庫からビールを持って戻って来る。
「リオンが言っていたから殺さないのか?」
その言葉が気に食わないと幼い頃と変わらない嫉妬深い目でジルベルトを睨んだルクレツィオは、嫉妬するなと肩を竦められてしていないと強く言い放つが、お前がリオンと楽しそうに話すのが癪に障ると吐き捨ててビールを飲む。
端正な顔にどす黒いとしか言いようのない表情を浮かべ、何故お前がリオンを気に入るのかが分からない、あんなガキとも吐き捨てると、ジルベルトが無言で肩を竦める。
「……まあ、まだもう少しここは大丈夫だろう。その間にあいつの痣を何とかしないといけないな」
ルクレツィオとリオンについて口論するつもりはない為に話題を切り替えるとビールを飲んで満足の溜息をついた幼馴染みを見つめつつ手を伸ばして見事なブロンドを撫で付けると、拗ねてそっぽを向くかと思ったがジルベルトの手首を掴んで掌に口付けたため何度か瞬きをしてしまう。
「……ジル、お前は俺の光だからな」
「ああ」
だからリオンにとっての光になるなと言外に告げたルクレツィオはさすがに気恥ずかしいのか嫉妬を見せてバツが悪いと感じるのか、伸びをして立ち上がった後、今日は先に寝るが背中の傷の手当てをした後で地下のケージに閉じ込めておけとトーニオとマリオに命じてベッドルームに小走りに向かう。
ルクレツィオのその背中をただ見送ったジルベルトはマリオが消毒薬と包帯やガーゼなどを抱えてバスルームに向かう前に呼び止めて先程のルクレツィオの言葉を伝えると、自身も何故か覚えた疲労からルクレツィオとは別のベッドルームに向かうのだった。
モニター越しにウーヴェがリオンと会話をしたその夜、久しぶりにシャワーを浴びて-正確には浴びせられて-強制的に身体の汚れを落とされたが、薄く張った瘡蓋を破るように鞭で打たれた事からシャワーの湯に血の赤が混ざってシャワーブースの排水溝に吸い込まれていく。
己の足下を流れていく赤いそれをぼんやりと見ていたウーヴェは、背中の痛みも尻の痛みも不思議なことにさほど感じていなかった。
それは痛みに慣らされ諦めた結果ではなく、必ず迎えに来るとリオンがいつもと変わらない口調でウーヴェが愛してやまない蒼い双眸をぎらりと光らせて約束してくれたからだった。
あの時、ウーヴェの心は救出されることを既に諦め、己を犬扱いする二人やその二人が送りつけると言っていた客に引き渡されるのを待つだけになっていた。
だが、ジルベルトがリオンの顔を拝ませてやると他意のある顔で笑って告げた後、予想通り見せつけるように男に犯され、ああ、もうダメだ、万が一助かったとしても二度とリオンの元には戻れないのだと諦めたのだが、無理矢理のその行為がウーヴェが望んでいるものではないとしっかりと見抜き、リオンなりの言葉で反論してくれた事に自然と涙が流れた。
『Du bist mein Ein und Alles.』
俺の総てとモニター越しにキスをし告白したリオンの言葉が諦めていたウーヴェの胸に入りじわりじわりと広がっていった結果、激痛のはずのそれをあまり感じることが無く、血が流れる事で視覚を通して痛みを認識したほどだった。
拘束されているままの手で額に張り付く前髪を掻き上げたウーヴェは、壁に貼り付けてある曇っている鏡に己の顔を映し出し、口の端から痣が広がっている事、無精ひげが薄く伸びている事に気付き掌でざらざらの顎を撫でる。
シャワーブースの外で退屈そうにマリオが己の携帯を見ていて、数日ぶりのシャワーはウーヴェの心身の汚れを洗い流してくれるがそれでも二人とルクレツィオにレイプされた心身の傷は血を流していて、どうせならばそれらも洗い流してくれと願いつつ頭からシャワーを浴び、マリオに合図を送るようにドアを開ける。
バスローブを無造作に手渡されるが両手を拘束されているために着ることが出来ず、羽織るように肩に引っかけられてバスルームから出るように背中を小突かれて痛いと初めて声に出す。
バスローブの背中にじわりと赤い染みが広がった事にマリオが気付き、地下室のケージにウーヴェを押し込めたときにバスローブを剥ぎ取った代わりに、大きめの布を背中の傷に宛がい、包帯を乱雑に巻いて出血をひとまず抑えると、膝を抱えてケージ内に座り顔を押しつけるウーヴェの背中にバスローブを引っかける。
地下とはいえ暖房が効いているために寒くはないだろうが殴る蹴るの暴行を受けて痛む身体を丸めて簡易ベッドで眠る男を一瞥し、マリオが地下室を後にする。
男が時々痛みに呻く声以外地下室の中から響く物音が消え、静かだとウーヴェが感じたとき壁の上部にある鉄格子の填まった窓を見上げて粉雪が降っている事に気付くと、体感温度が下がった気がしてしまう。
ビデオ通話でもう少し待っていてくれ、必ず迎えに行くと言ったリオンの言葉だけがウーヴェの胸の中で決して消えない炎のようにあり、今ウーヴェが信じられるただ一つのものだった。
何度も犯されている間にルクレツィオがドラッグを飲ませた男がHIVキャリアで、ゴムも付けずに何度も中で射精されているからお前も確実に感染していると笑われ、客を喜ばせるためにはどんな玩具を使われてもイケるようになっておけとも笑われたが、リオンの声を聞くまではその通りになるしかないと思っていた。
だが、ウーヴェの心の奥で決して何があっても諦めないという名の小さな小さな芯があり、それにリオンが火を灯してくれたため、性病の感染があろうともどんなに酷い事をされていたとしても絶対に諦めないで生きて帰るという強い意思をそれに注ぐことが出来たのだ。
生きていれば何とかなる、必ず迎えに来る言葉を信じて待つ。
そうウーヴェが腹を括ったとき、粉雪を舞い上がらせる風が吹いたようで、鉄格子に布製のバッグのようなものが引っかかる。
そのバッグをウーヴェはどこかで目にしたことがあり、どこだったかと思案すると、リオンの拗ねたような表情と直後の満面の笑みが思い出されてターコイズ色の双眸を見張ってしまう。
それは、ウーヴェのクリニックがある街の中心部よりは郊外の町に進出しているチェーン店のスーパーマーケットが独自に販売しているエコバッグで、リオンと一緒に買い物に出かけた際、そのバッグにチョコを山盛り買い込もうとするリオンと一悶着あった事も思い出すと、自然と肩が揺れて笑い声が流れだしてしまう。
いつも一緒に買い物に出かけると好物のチョコを買うか買わないかで口論するのだが、さすがにエコバッグ一袋分のチョコはダメだとウーヴェがリオンを睨むと、さっき脳内に浮かんだ拗ねた顔でそっぽを向いたのだ。
そのまま不機嫌になられても後々面倒だったためものすごくものすごく妥協をし、結局10枚のチョコを買うことにしたのだが、そうと告げたウーヴェにリオンが見せたのは子どものような心から喜んでいるときに見せる満面の笑みだった。
「……!!」
たった三、四日間、言葉にすればたったと言われる日数だが、今のウーヴェにとっては十年も二十年も経っているように思えるほどで、どのくらいあの笑顔を見ていないのだろう、あの声をどのくらいぶりに聞いたのだろうと考えた時、ウーヴェの頬をさっきとは違った意味の涙が流れ落ちる。
俺の総てと画面越しにキスをくれたリオンだが、この地下室に監禁され男達の好き勝手にされ、身体よりも心を殺されそうな苦痛の時間、リオンが迎えに来るとの思いだけが、暗い水底から見上げた太陽のようにぼやけていても確実に熱と光を感じさせてくれていた。
その太陽の下に早く帰り、もう大丈夫だと言って欲しかった。
「……リオン……リーオ……っ!」
あと少しだとの言葉を信じて待っている、だから早く迎えに来てくれ。この悪夢のような時間から救い出してくれと、頭を両手で抱えて身体を丸めたウーヴェは、包帯を巻かれた傷口がジクジクと痛み、その痛みが心の傷を呼び覚ましたことに気付いて歯を噛み締めるが、モニター越しに頬を撫でられキスをされた事からその痛みが少しだけ和らいだような気持ちになる。
地下室に監禁されてから眠りに落ちたとしても男達の思うがままにされていて纏まった睡眠を取ることが出来なかったウーヴェだったが、リオンの笑顔とキスともうすぐだという声に心身が安堵を覚え、丸めた身体をそっと横たえて目を閉じる。
やがて訪れた睡魔に身を委ね、この時初めて静かに眠ることが出来るのだった。
ジルベルトによって見せつけられたウーヴェが陵辱される姿、それを見て己は何も出来ないと教会の礼拝堂の床を殴りつけながらウーヴェの名を呼び続けたリオンだったが、喉が涸れるまで呼んだところで戻って来るわけではないしあの時間を無かったことには出来ないと何とか立ち上がる事を決め、蹌踉けながらも必死に己の足で立ち上がる。
その選択に従って教会のマザー・カタリーナがいつもいる部屋に向かったが、あまりの顔色の悪さにその場にいたシスターらも蒼白になり、大丈夫と言っているにも関わらずに部屋に押し込まれてしまっていた。
大丈夫と言っているだろうと実家ならではの横柄さで起き上がろうとしたリオンをブラザー・アーベルが険しい顔で押しとどめ、今日はそこで寝なさいと命じられてふて腐れた態度で毛布を被るが、そんな己を優しい気持ちで受け入れてくれるマザー・カタリーナやブラザー・アーベルらに感謝の思いを小さく伝えると、極度の緊張感と怒りに囚われていた身体が疲労感を訴えたために眠ってしまったのだった。
そして翌日、もう大丈夫かと心配そうに声をかけてくれるマザー・カタリーナらに昨日の出来事-ビデオ通話でされていたこと以外-を手短に伝えた後、キッチンの椅子を引いて行儀悪く足を立てて座るが、その時にはここに来たときの無力感も絶望感も影を潜めていて、身体が求めていた睡眠がもたらしたもののおかげか、脳味噌もすっきりとしているようだった。
椅子の上で伸びをし身体の関節の音を鳴らしてふぅと溜息をついたリオンは、昏い感情から今朝は一転してやる気が芽生えたことに己でも不思議そうに首を傾げるが、もう少しだけ待っていてくれ、すぐに迎えに行くとウーヴェと約束をしたことを思い出し、約束と小さく呟く。
そう。ウーヴェと約束したのだ。すぐに迎えに行くと。
己の恋人は不思議と心の中にするりと入り込む穏やかな優しい声で約束事をするが、それを破ったことは今まで無かった。
そんな恋人の真っ直ぐな心に憧れ、己も約束を破らないようにしようとリオン自身無意識に考えるようになっていて、約束と再度口にして深呼吸を繰り返す。
「リオン?」
「……マザー、この間のオバツタのサンド、結局食えなかったからさ、また作ってもらって良いか?」
ここ数日の食欲の無さが嘘のように空腹を訴えるリオンに一瞬マザー・カタリーナが呆気に取られるが、今から用意をしましょうねと幼い頃からリオンが見続けてきた笑みを浮かべて髪を撫でていく。
「ダンケ、マザー」
今日も捜査で歩き回らなければと呟いた時自ら職場離脱を願い出たことも思い出すが、キッチンでコーヒーの用意をし始めているブラザー・アーベルの背後に回ると、俺が淹れると告げて端正な顔に驚きの色を浮かべさせる。
「リオンが淹れてくれるのか?」
「ああ。……オーヴェにも早く飲ませてやりてぇなぁ。だから仕事を休む事にしてボス達に救出は任せることにした」
ブラザー・アーベルとキッチンで肩を並べてコーヒーの準備をするリオンに嬉しそうにマザー・カタリーナが笑いかけるが、聞かされた言葉の意味を理解して痛ましげに目を閉じる。
「大丈夫だって、マザー。俺から言い出したことだしちょうど時間も出来るから今日は後でリアの病院に顔を出してくる」
あの事件のもう一人の被害者であるリアが入院している病院に行ってくると伝え、マグカップを出せとブラザー・アーベルを振り返ると、部屋にいるシスターの数が増えていて、リオンが淹れるコーヒーを楽しみにしているのだと教えられる。
「あーもー、順番だからな、順番!」
「ええ」
己のマグカップを片手に笑みを浮かべて待つシスターらの中に先日犯人のヒントをくれたライナーの顔もあり、その手に小ぶりのマグカップが二つ握られている事に気付くと、リオンがマザー・カタリーナのマグカップにまずコーヒーを淹れた後、ライナーを手招きする。
「そのマグカップは?」
「……あいつの分」
あの事件で二人揃ってウーヴェをからかったライナー達だが、その関係がまだ続いている事に笑みを浮かべたリオンは、二人のコーヒーを先に淹れたため、シスターらがブーイングの声を上げる。
「もうちょっと待てよ。すぐに作るからさ」
もう一杯だけ先に淹れさせてくれと断ったリオンが己が使うマグカップを取りだしそっとそっとコーヒーを注ぐと、温めておいたミルクもそうっと載せる。
「それは?」
「これ? オーヴェの分」
「……」
今ここにはいないがこうしてウーヴェの為のコーヒーの用意をして俺の気持ちが伝わると良いなぁと、昨日とは打って変わって晴れ上がりそうな夜明け前の空に笑いかけたリオンに皆が一瞬何も言えなくなるが、きっと伝わりますよとマザー・カタリーナが頷くとリオンが照れくさそうに口の両端を持ち上げる。
「へへ。だったら良いな。……オーヴェが朝に飲むのが好きなのは、コーヒー半分、ミルク半分、砂糖もスプーン半分のカフェラテ」
それを己のマグカップに満たして窓際に置いたリオンは、日が昇るまで後数時間はあるが寝床に帰ろうとしている月を見上げ、珍しくその月に祈ってしまう。
どうかここで心配している己の思いが伝わりますように。昨日見せられた事以上に酷いことをされていませんように、と。
その祈りが伝わりますとマザー・カタリーナが優しくリオンの背中を撫でると、素っ気なく頷いた後、他のシスターらのためにコーヒーの用意に取りかかるのだった。