テラーノベル
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晴れた午後、大学の講義帰り。
みことの見舞いに行くため、ひまなつは珍しく一人で歩いていた。
普段はいるまと一緒に移動することが多いが、今日はいるまの講義が延びていて別行動だった。
「たまには一人も悪くないな~……」
ぽつりと呟いたその声は、どこか寂しさを含んでいた。
ポケットの中のスマホをいじってみる。
さっきのLINE、既読はついてるけど、返事はない。
『もうすぐ終わる、先行ってて』
──そんな短いメッセージが、やけに遠く感じた。
すちの家に着くと、みことがすちと喋っていた。
2人で料理の話をしていて、みんなの分のスイーツまで作ってくれていた。
いるまが合流し、目の前のスイーツに少し目を輝かしている。
「これ、作ってみたんやけど、まにき絶対好きだと思うんよ」
「……ありがとな、みこと」
その言葉を聞いた時、胸の奥がズキッとした。
みことに向ける“ありがと”が、やけに自然で、やけに柔らかくて。
(……あれ?)
自分でもわからなかったその違和感を、
無意識にスプーンを持つ手で押しつぶした。
それぞれ解散し、帰り道。
「なつ。ほら、疲れてんなら背中乗れよ」
言われるがまま、するりといるまの背中に乗る。
でも今日は、なんだかいつもの安心感が違った。
「いるまってさ」
「ん?」
「俺が誰かと仲良くしてても、何も思わない?」
「は?」
「いや、例えば……俺が、すちと2人でどっか行ったり、こさめと腕組んで歩いたりしたら。お前、どう思うのかな~って」
沈黙。
一歩、また一歩と歩く振動が背中に伝わる。
そして、いるまは低く短く言った。
「……ムカつく」
「……だよね」
「お前は、俺の隣だけにいろよ」
その言葉が、胸に真っすぐ突き刺さった。
ドクン、と心臓が強く鳴る。
「……じゃあ、俺も、そういう気持ちになってたんだと思う」
「は?」
「なんか……今日、いるまの“ありがとう”を他の人に向けてるの、聞きたくなかった。
……ずっと、俺のこと見ててほしいって思った」
「お前……」
「……俺さ、いるまのこと、好きなんだと思う」
声が震えた。
でも、それは寒さじゃなく、気づいてしまった“本音”の熱だった。
いるまは黙ったまま歩き、しばらくしてから静かにひまなつを下ろす。
そして、真正面から見つめた。
「……気づくの、遅ぇよ」
「うん、ごめん。でも、今はちゃんとわかってる」
「なら、俺も言う。俺も、お前が誰より大事だ。ずっと前から」
「……ありがと」
2人の間に、やっと名前のある気持ちが通い合った。
いるまは、もう一度背中を差し出す。
「……もう一回乗れ」
「うん」
背中越しの距離は、これまででいちばん近かった。
___
中庭の木陰に、ひまなつがゆるく寝転んでいる。
その膝の上に、いるまが寝ていた。
「ちょ、重い……ってか、逆じゃない?これ普通」
「うるせ。お前、今日は俺の枕な」
「恋人になったらそんなルールあんの……?」
「ある。俺が決めた」
「むちゃくちゃだぁ~……でも嫌いじゃないなぁ、こういうの」
ひまなつは自然に、いるまの手に指を絡めた。
普段と同じような仕草なのに、心はなんだか浮ついて仕方がない。
そこに通りかかった、らんとこさめ。
「おーい、なつがついに陥落したってマジ~?♡」
「ってかそれ、公共の場でやるスキンシップじゃなくないっすか?!」
こさめがニヤニヤしながらスマホを構える。
「おい、やめろっ!撮るな!」
「ふふん♪ もう完全に彼氏彼女じゃん、かわい~♡」
「ちが……彼氏彼氏、だろ……!」
「そーいうの気にしてんの!?かわいすぎ」
らんは少し離れた場所で、楽しそうに笑っていた。
「にしても、なつがあそこまで心許してんの初めて見たな。やっぱ、いるまがずっと守ってきたからだな」
「でしょでしょ~。俺、前から絶対くっつくと思ってたんよ~」
「こさめは他人の恋愛話大好きすぎ」
その様子を、ちょっと離れたベンチで見ていた、すちとみこと。
「……みこと、あれ見てどう思う?」
「え……えっと、楽しそう……?」
「そうじゃなくて、恋人としての距離、どう思うか聞いてる」
「ど、どうって……あんまり、考えたことない……けど」
すちはみことの髪を軽く撫でる。
その手のあたたかさに、みことは少し目を伏せた。
「俺だったら、もっとくっつくかな」
「……っ」
「……今はまだ、しないけど。みことが、俺に“触れられたい”って思った時にしようかな。だからそれまで、ちゃんと俺を見てて」
みことの胸が、ぎゅっとなった。
頭の奥で“わからない”と声がしたのに、心は“好き”って叫んでいた。
すちが少し離れた場所へ行った時、こさめがみことの隣に来る。
「ねえみこち、なんか……顔赤いよ?熱ある?」
「……ちがうよ」
「じゃあ……好きって気持ちが溢れてるんだね~♡」
「っ……うるさい……」
でも、こさめのその無邪気な言葉に、
みことの心のどこかで、小さく“うん”と返す声があった。
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