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「飲み物買ってくるから、そこで待ってろよ」
ひまなつが軽く手を振ると、みことはベンチに腰掛けたまま、ふわっと笑った。
「うん。……なつ兄、ありがとう」
その表情はどこか柔らかく、ほんの少し照れているようでもある。
以前よりも感情が表に出るようになった彼を見て、ひまなつは無意識に口元を緩ませた。
「……知らないやつについてくなよ?かわいすぎて連れてかれるかもだし?」
冗談めかして眉をあげてみせる。
するとみことは一瞬きょとんとし、それからぷいっと視線を逸らす。
「俺のことなんだと思ってるん……」
拗ねたように少し頬を膨らませ、眉を寄せる姿がまるで小動物のようで――
ひまなつは思わず笑ってしまった。
「はいはい。真面目で、ちょい鈍くて、でもめちゃくちゃ優しい俺の弟だよ。 すぐ戻るから、ちゃんと待ってろ」
「……ん」
短く返し、素直に頷くみこと。
ひまなつは肩をすくめ、自販機へ向かう足取りでスマホを取り出した。
📞 ―――
『もしもし?』
「悪い、今いい?」
『おう、良いけど』
「……今から大学、来てくんね?」
声色が少しだけ硬い。
いるまはすぐに空気を察した。
『…何かあった?』
「今みことが来てて ……相談があるっぽい。 俺ひとりよりお前も一緒の方がいい内容でさ」
『……みことが、俺らに?』
「おー」
それだけで、いるまには充分だった。
『――すぐ行く』
通話はそこで切れた。
ひまなつはため息をひとつ吐き、
「ほんっと、ブラコンだな」と苦笑しながら飲み物を買いに向かっていった。
一方その頃――
みことはベンチに座りながら、ふと目を細めた。
(……すち、今何してるかな)
会いたいな、と胸の奥がじんわり温かくなる。
彼の腕の温度、声、匂い――自然とそれらが思い浮かんでしまう。
そんなときだった。
「なぁ……あれ、噂の奏の知り合いってやつじゃね?」
「うわ、マジだ。かわいい顔してんじゃん。男なのに」
軽い笑い声。
みことの横を通り過ぎる男学生たちが、聞くに堪えない言葉を投げ捨てるように喋っていた。
「つーか、奏さ、ほんと調子乗ってるよな」
「顔面だけでモテてるくせにいい気になるタイプ~。 “俺モテますけど?”みたいな」
「しかも恋人いるとか聞いたし。どうせヤバい奴だろ」
笑い混じりの軽口。
しかし――
みことの胸の奥で、何かが静かにきしんだ。
(……なつ兄のこと、そんな言い方しないでほしい)
手がぎゅっと膝の布を掴む。
止めようとした理性より、先に言葉が口をついて出た。
「……やめてもらえますか」
男たちが振り返る。
「は?」
みことは立ち上がる。
声は静かだったが、芯が通っていた。
「なつ兄のこと、適当な言い方しないでください。 何も知らないのに……悪く言うの、違うと思います」
男学生の目つきが変わる。
「……は?お前何様?」
「ただの事実です。 ……嫉妬してるなら、嫉妬してるって言えばいいのに」
瞬間、空気が凍った。
内心では“言いすぎたかも”と焦るが、もう遅い。
「――ああ?」
男学生の額に青筋が浮かび、次の瞬間には、 みことの胸ぐらががしっと掴まれた。
布が引き上げられ、体が少し浮く。
しかしみことは怯えない。
目を逸らさず、ただ静かに見返した。
「やめろって!」
周囲の学生が慌てて止めに入る。
「おい!やめとけって!大学の敷地内だぞ!」
「離せって、マジでやばいから!」
しかし男学生は苛立ちを抑えられない。
「調子乗んなよガキが――!」
その時。
「おい、奏!! 早く来い!やばい!!」
遠くから叫ぶ声。
ひまなつが振り向き、飲み物を握り締めたまま全力で駆け出す。
嫌な予感が胸を貫く。
そして視界に――
胸ぐらを掴まれているみことの姿が飛び込んできた。
「……は?」
一瞬で表情から色が消え、 次の瞬間、怒気が噴き出すように溢れた。
「てめぇ――何してんだよ💢」
その声は低く、鋭く、 周囲の空気を一気に張り詰めさせる。
同時に、別方向から風を切る音。
「俺の弟に――」
怒りを込めた叫びが轟く。
「何やってんだコラァ!!💢」
大声と共にいるまの足が一直線に飛び込み、 男学生の腹に鋭い蹴りが突き刺さった。
鈍い衝撃音。
掴んでいた手が外れ、男学生が後ろへ吹き飛ぶ。
みことの体が解放されるより早く、 ひまなつの腕が抱きとめた。
「大丈夫か、みこと」
軽く抱き寄せながら、震えを確認するように背中を撫でる。
いるまは男学生を睨み据えたまま、一歩前へ踏み込む。
視線は冷たく、殺気すら宿していた。
周囲は突然飛び蹴りが入ったことで、場の空気は一瞬にして凍り付いていた。
倒れ込んだ男学生は苦しげに息を吐き、周囲の学生たちは息を呑んで固まる。
ひまなつはあまりにも唐突に現れた怒号と蹴りの正体に、目を丸くした。
「お前……なんでここに……」
「お前が呼んだんだろうが」
荒い息のまま、いるまは倒れた男学生の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
顔を至近距離まで近づけ、殺気を纏った瞳で睨みつける。
「――俺の弟に、何手ぇ出してんだよ。あ?💢」
低く唸るような声。
掴まれた男学生は顔色を青くし、声にならない音を漏らす。
周囲の空気が一瞬で冷えた。
「い、いるま。もういい。離せ」
背後からひまなつが腕を掴む。
「やりすぎだから。ここ大学。問題になる」
みことも慌てて首を振る。
「だ、大丈夫だから……いるまくん…!」
しかしいるまの怒りはまだ消えていない。
拳を握り締め、喉の奥で苛立ちを噛み殺す。
「こいつ、胸ぐら掴んでただろ。 ビビって謝るまで殴らねぇと――」
「殴るなっつってんだよ。 ……俺が“来い”って言ったの、そういう意味じゃねぇから」
ひまなつの声は冷静だったが、芯が強い。
いるまはしばらく睨み続けたが、やがて舌打ちして手を離した。
男学生は地面に崩れ落ち、咳き込みながら息を整える。
周囲の学生がようやく動き出し、怒り混じりに詰め寄る。
「お前何やってんだよ!」
「大学巻き込む気か!?」
ひまなつは軽く手を上げ、 「ちょっと整理しようか」 と言って全体の空気を収めるように視線を巡らせる。
まず、問題の男学生へ視線を向ける。
「俺の陰口言うのは別にいいよ。慣れてるし」
淡々と笑ってみせる。
だがその目だけが冷たい。
「でもな。 弟たちの前で言うのはやめろ。――それは、本当にダサい」
男学生が悔しそうに歯を食いしばる。
ひまなつは続けてちらりとみことに視線を向け、優しく眉を下げた。
「みこと。お前もだ」
「……?」
少し肩をすくめるみことの頭を、軽くぽんっと叩く。
「喧嘩売られても、まともに相手しなくていい。 “ダサい奴が吠えてるだけ”。 お前が口出す価値はこいつらにない」
怒りではなく守るための忠告だった。
みことは少し目を伏せ、 「……ごめん」と小さく謝る。
ひまなつは次に、いるまへ顔を向ける。
「で、いるま」
「……あ?」
不機嫌な眉のまま睨んでくるいるまを、ひまなつは容赦なく叱る。
「すぐ飛びかかるのやめろ。お前が怪我すんのは嫌だ 」
「でもあいつ――」
「分かってる。守ってくれたのはありがとな」
ふっと口角を上げる。
「ただ、“必要以上の暴力”は兄貴としてダサい」
図星を突かれ、いるまは悔しそうに唇を歪める。
「……悪かった」
不満げながらも、素直に謝る。
その横で、問題の男学生はまだ納得できない様子で睨んでいたが――
「お前の方がダサいんだよ!」
「やらかしすぎ!」
「大学出禁になりたいのか!?」
周囲の学生たちからこっぴどく怒られ、 完全に戦意喪失していった。
場の空気が落ち着いたところで、 ひまなつは肩の力を抜き、軽く手を合わせた。
「弟たちがごめんな~。巻き込んで悪かった」
そう言うと、 いるまとみことの肩を軽く叩きながら、その場から歩き出す。
「場所変えんぞ。 ――大事な相談、途中だろ?」
みことは胸を撫で下ろしながら頷き、 いるまもまだ苛立ちを残しつつも、弟の背を守るように隣を歩く。
3人は人混みを離れ、静かな場所へと足を運んでいった。
空き教室の扉が閉まると、外のざわめきがふっと遠のいた。
ひまなつは周囲を確認してから鍵はかけず、ただ静かに扉にもたれる。
「ほら、座れ」
促され、みことはおとなしく椅子に腰を下ろす。
その横でいるまは腕を組み、落ち着かない様子でうろうろしていた。
ひまなつは深く息をつく。
「で。続き、話せ」
みことは少しだけ俯き、指をぎゅっと握る。
「……いるまくんには前言ったけど、すちとの約束のやつで、俺も頑張りたくて…方法教えてほしい… 」
その声は震えていないのに、どこか恥ずかしさと決意が混ざっていた。
「はああああ!?」
顔を真っ赤にして吠えたのはいるまだった。
「なんで俺呼んだんだよ!? いや意味は分かるけど、分かるけどさ!!」
「俺と二人でこれ話すのはもっとまずいわ」
ひまなつは即答し、ため息。
「こういうのは“兄貴ふたりでバランス取る”案件」
「理屈合ってるけど納得いかねぇ!」
耳まで赤いままそっぽを向く。
みことは思わず肩をすくめる。
「……迷惑、だった?… 俺……変な相談しちゃったかな」
弱く落ちる声音。
しょぼんとした眉。
耳と尻尾があるなら今にもしおれていそうな顔。
「迷惑じゃねえ!!」
いるまが即答で近づき、 ぐしゃりと優しく頭を撫でた。
「……真面目に考えてんだろ。 お前なりにちゃんとしたくて、俺らを頼ってくれたんだろ? それが迷惑なわけねぇだろ」
みことは驚いたように瞬きをして、 少し頬を染めながら小さく笑う。
ひまなつはふっと優しい目をした。
「まず一番大事なのはな…」
落ち着いた声で言う。
「無理しないこと。怖いまま進まないこと。 それから“ふたりでちゃんと話すこと”。 痛いとか嫌とか、そういうのは我慢しなくていい」
「……うん」
「すちは甘やかすタイプだし、 全部自分で背負いたがる奴だからさ。 本当は“準備も含めてやりたい”はずなんだよ」
ひまなつは苦笑する。
「でもお前が“俺も考えたい”って言うの、 たぶんあいつ死ぬほど嬉しいと思うぞ」
いるまも頷いた。
「そうだな。 ……だから、無理すんな。
“ちゃんと一緒に大事にする”って気持ちがあれば十分だ」
みことは胸の奥がじん、と温かくなるのを感じた。
不安も恥ずかしさも全部包み込むように、
兄たちの言葉は優しくて、重くて、安心する。
「……なつ兄。いるまくん。 ありがとう」
柔らかい笑顔が零れたその瞬間、 ひまなつは苦笑しながら頭を掻いた。
「問題は――」
「?」
「この話、すちにバレたら俺ら殺される」
「それはそう」
兄ふたりは声を揃え、妙に真剣な顔をする。
みことだけがぽかんとして――
それから、くすっと笑った。
空き教室の空気は、いつの間にか優しく温かいものへと変わっていた。
空き教室の窓から差し込む夕焼けが、机の影を長く伸ばしていた。
ひまなつといるまに囲まれて1人でできる準備等の相談を終えた頃には、外はすっかり橙色に染まっている。
「……ありがと、なんか、色々教えてもらっちゃって」
みことがそう言って、申し訳なさそうに笑う。
ひまなつは肩を竦め、いるまはそっぽを向いたまま耳まで赤い。
「別にいいって。お前が真面目に考えてんのは分かったしな」
「……うるせぇ。俺は巻き込まれただけだし」
そう言いながらもいるまは、まだ心配そうにみことをちらりと見ている。
そんな二人を見て、みこともようやく緊張が解けたのか、小さく息を吐いた。
ふと、ひまなつが窓の外を見た。
「……そろそろ帰る時間だな。迎え、来たぞ」
「え?」
みことは瞬きをする。迎え? 誰の?
次の瞬間、ガチャ、と扉が開いた。
静かな足音。
柔らかな空気。
振り返ると、そこに立っていたのは――すちだった。
「――みこと」
名前を呼ぶ声はいつも通り優しく、でも少し息を弾ませている。
「す、すち……? なんで……?」
突然の登場にみことはぽかんと口を開ける。
そんなみことの隣で、ひまなつが軽く手を挙げた。
「悪い。暗くなるし、色々あったしな。遅くなると危ねぇから連絡入れた」
「……なつ兄……」
状況を理解した瞬間、みことの胸にじんわり温かいものが広がる。
守られている感覚と、ちゃんと気にかけてもらえている安心感。
すちは二歩近づき、みことの前に立った。
「迎え、遅くなってごめんね。心配したよ」
そう言って、そっとみことの肩に腕を回し、抱き寄せる。
いつもの、体温ごと包み込むような穏やかな抱擁。
耳元で小さく笑う気配がして、みことは胸の奥がきゅっとなる。
「……ううん。ありがとう、来てくれて」
すちの胸元に顔を寄せ、素直に甘えるように身体を預けた。
ひまなつはそれを見て、ふっと少しだけ安心したように微笑む。
いるまは照れ隠しのように顔を背けつつも、短く言葉を落とす。
「……気をつけて帰れよ」
みことは二人の方へ振り返り、ぱっと表情を明るくした。
「なつ兄、いるまくん、今日は本当にありがとう。またね」
ひまなつは軽く手を振り、 いるまはぶっきらぼうに鼻を鳴らしながらも、その目は優しい。
すちはみことの背に手を添えたまま「またね」と穏やかに頭を下げ、 二人に小さく礼を告げた。
自然と指先が触れ合い、ぎゅっと絡む。
みことは小さく笑い、 すちはその笑顔を見て、そっと優しく握り返した。
校門を抜け、並んで歩きながら、ぽつぽつと夜の色が町に落ち始める。
すちはみことの歩幅に合わせ、肩が触れるくらいの距離で寄り添っていた。
ふと、みことの横顔を覗き込む。
「ところでさ」
柔らかな声で、すちは問いかける。
「今日、ひまちゃんといるまくんと……何の話してたの?」
問いは優しいのに、どこか好奇心と、ほんの少しの独占欲が混ざっている。
みことは「あ」と小さく声を漏らし、少しだけ視線を彷徨わせた。
言うべきか、言わないべきか。
ほんの一瞬だけ考えて――それから、くすっと笑う。
顔を上げ、すちの瞳を見る。
そして、人懐っこい、でもどこか大事なものを胸に抱えたような笑顔で。
「……ひみつ」
いたずらっぽく唇に指を当て、そう告げた。
その言葉は軽い冗談みたいなのに、妙にしっかりしていて、 “これは自分の中で大切に抱えておきたいことなんだ”、 そんな気持ちが伝わってくる。
すちは一瞬だけ目を丸くしたあと――ふっと息を漏らし、優しく笑う。
「そっか。じゃあ……無理に聞かないでおくね」
拒絶されたわけじゃなくて、守ろうとしてる何かがある。
それが分かるから、責めない。追わない。
ただ少し寂しそうに眉を下げたあと、 代わりにみことの頭をくしゃっと撫でた。
「でも……みことが笑ってるなら、それでいいや」
みことは撫でられながら、くすぐったそうに目を細める。
「いつか言えるようになったら、その時は教えてね」
「……うん。その時はちゃんと話すね」
約束するように、小さく返事をする。
二人の指が、また自然に絡まる。
夜風が少し冷たいのに、 繋いだ手の温かさだけは確かなまま――
二人は寄り添って帰っていくのであった。
コメント
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👑さんへ色んな種類の愛が降り注いでいるのを感じてキュンとなりました🫶💗 可愛かったです!🥰
トウトイッッッッヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ
この世に何故こんなに美しいモノが存在するのでしょうか。ガチギレ、お兄様、甘え、全てが詰まっていて吐血案件なのですが……