テラーノベル
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キャンパスの一角。
ひまなつといるまが並んで歩いていると、さきほどの騒動を遠目に見ていた学生の一人が、軽い調子で声をかけてきた。
「さっきの弟くん、もう帰ったの?」
ひまなつは歩みを止めず、肩越しに振り返って、いつもの気だるげな笑みで答える。
「おー」
それだけで会話は終わるかと思いきや、相手は興味津々といった様子で続ける。
「弟くん、誰かと一緒だったよね? 誰あれ?」
ひまなつは一瞬だけ間を置き、それから面倒くさそうに答える。
「さっきの弟の迎え。 ……超怖い恋人」
その一言で、空気が変わる。
「えっ!?」
「恋人!?」
「てか男じゃなかった!?」
一斉に上がる声。
次の瞬間には、興奮したような笑顔が広がる。
「男同士ってこと!?」
「やば、めちゃ尊いじゃん!!」
好意的なざわめきが増す一方で、いるまはというと――
完全に沈黙を貫いていた。
視線を逸らし、腕を組み、感情を表に出さない。
だがその様子が逆に目を引いたのか、男女問わず、わらわらと距離を詰められる。
「え、ちょっと待って」
「この人もかっこよくない?」
「その子誰!?」
「弟だったり!?何人兄弟だよ~!」
いるまは一瞬だけ眉をひそめ、それから何も言わずに、ひまなつの方へ一歩寄る。
ほんのわずかな距離。でも、その動きははっきりと“拒絶”だった。
ひまなつはそれに気づくと、迷いなくいるまの腰に腕を回し、ぐっと引き寄せる。
「俺のだから」
低く、はっきりとした声。
「寄んな。触んな。 ……どっか行け」
冗談めかした調子は一切なく、真っ向からの牽制。
周囲が一瞬、言葉を失う。
いるまは不意を突かれ、目を見開いた。
「っ……は!?」
だが、腰を抱かれたまま離されない。
それどころか、ひまなつの腕はより強く、守るように回っている。
「え、なに!?」
「なつくんもそっちなの!?」
「美男同士で尊すぎん??」
黄色い声が上がる一方で、どこか冷やかすような男学生の声も混じる。
「でもさー、女の方がよくね?」
「もったいなくね?」
その瞬間、ひまなつの表情がはっきりと変わった。
「うるせーうるせー」
吐き捨てるように言い放ち、視線を真っ直ぐ相手に向ける。
「男だろーが女だろーが関係ねぇんだよ。 俺はこいつが――世界一可愛いからそれでいいんだよ」
言葉に一切の迷いはない。
「嫉妬すんな。 醜態晒してんの、自分だって気づけよ」
完全に煽る言い方をしたが、ひまなつは構わず、いるまの体を抱き上げる。
「……なっ!!?」
突然の浮遊感に、いるまは思わず声を上げる。
耳まで一気に赤く染まり、信じられないものを見るようにひまなつを睨む。
「はぁ!? お前、ここで何して……!」
怒鳴りかけたその声は、 ひまなつが向けた、驚くほど優しい微笑みに止められた。
「大丈夫。落とさねーし」
低く、穏やかで、どこか甘い声。
その瞬間、いるまの抵抗はふっと弱まる。
観念したように息を吐き、照れ隠しも諦めたのか、ひまなつの首に腕を回した。
「……んなこと分かってるわ、バカ」
小さく、ぼそりと呟く。
ひまなつはその反応に満足そうに目を細め、 周囲の視線など気にも留めず、いるまを抱いたまま歩き出す。
ざわつく学生たちを背に――
二人の距離は、誰にも割り込めないほど、しっかりと繋がれていた。
ひまなつに抱き上げられたまま、しばらく無言だったいるまだったが、ようやく我に返ったように、小さく息を吐いた。
「……お前さ。大学であんなことして、ほんとにいいのかよ」
照れと戸惑いが入り混じった声。
視線は逸らしたままなのに、耳はまだ赤い。
ひまなつは足を止め、少しだけ首を傾げる。
「んー? 別にいいでしょ」
あっさり、迷いのない返事。
「どうせ卒業したら、周りの目とか何も関係なくなるしさ。 それに――」
抱えている腕に、ほんの少し力がこもる。
「いるまが一緒に居るなら、他なんかどうでもいいわ」
さらっと言い切る声は軽いのに、言葉の中身は驚くほど真っ直ぐだった。
その瞬間、いるまの顔が一気に熱を帯びる。
頬だけじゃなく、首元までじわっと赤く染まり、心臓の鼓動が急にうるさくなる。
「……っ」
何か言い返そうとしても、言葉が出てこない。
体の奥からふわっと熱が広がって、頭までぼんやりしてしまう。
そんな変化を見逃すほど、ひまなつは鈍くない。
「なにそれ」
楽しそうに目を細めて、悪戯っぽく笑う。
「……かわいーじゃん」
からかうように囁いたそのまま、ひまなつは顔を近づける。
触れるか触れないかの距離で一瞬だけ間を置き、そっと、いるまの唇に口付けた。
ほんの一瞬の、やさしいキス。
風に触れるみたいに軽くて、でも確かにぬくもりが残る。
「……っ!? ば、ばか……!」
いるまは驚いて目を見開き、慌てて顔を背ける。
けれど抵抗の言葉とは裏腹に、腕はひまなつの首から離れない。
ひまなつは満足そうに笑いながら、もう一度ぎゅっと抱き直す。
「はいはい。照れすぎ」
夕暮れのキャンパスに、二人の距離だけが静かに溶け込んでいく。
からかいと本音が混ざり合った、あたたかい空気のまま――二人は並んで歩き続けるのだった。
玄関のドアが静かに閉まる音と同時に、外の冷たい空気が遮断され、家の中にぬくもりが戻ってくる。
ひまなつは抱いたままのいるまをそっと見下ろし、しゃがみ込むようにして靴に手を伸ばした。
「ちょっと待ってな」
片方ずつ、丁寧にかかとを支えて靴を脱がせる。
雑に扱うことはせず、まるで大切なものを扱うみたいに、ゆっくりと。
「……自分でできるっての」
口ではそう言いながらも、いるまは抵抗せず、ひまなつの肩に軽く腕を回したまま身を預けている。
靴を揃えて置き終えると、ひまなつは再びいるまを抱き上げ、リビングへ向かう。
ソファの前で腰を下ろし、そのまま自然な流れで、いるまを対面になるように膝の上へ座らせた。
ひまなつの腕が、いるまの腰に回る。
逃がさないように、でも強すぎない力で、やさしく引き寄せ、 もう片方の手は、いるまの頬へ。
親指で頬のラインをなぞると、ほんのり体温が伝わってきて、いるまは無意識に息を整える。
視線が絡み、 少し照れたように揺れるいるまの瞳を見つめてから、ひまなつはゆっくり顔を近づけた。
唇が、静かに重なる。
さっきよりも少し長めで、ぬくもりを確かめ合うようなキス。
離れそうで離れない距離のまま、何度か軽く触れ合って、自然と呼吸が混ざる。
いるまは最初こそ肩を強張らせていたが、次第に力が抜け、ひまなつの胸元に指をかける。
「……ん……」
小さく漏れる息に、ひまなつはくすっと笑い、もう一度、やさしく唇を重ねた。
甘くて、安心できる距離。
唇を重ねたまま、ひまなつが少しだけ角度を変えると、柔らかく舌が触れ合う。
強引さはなく、探るように、確かめ合うような、ゆっくりとしたキスだった。
「……んんっ……」
いるまの喉から、くぐもった声がこぼれる。
頭の中がじんわりとあたたかくなって、胸の奥までぽわぽわしてくる感覚に、思わず目を細めた。
唇が離れると、ひまなつは至近距離でいるまの表情を見つめ、くすっと優しく笑う。
「……かわいーな?」
甘く囁くその声に、いるまは一気に耳まで赤くなる。
「う、うるせぇ……」
そう言いながらも、否定する力はなく、ひまなつの胸元に自然と身を預けてしまう。
ひまなつはその様子が愛おしくてたまらないと言わんばかりに、ぎゅっと腕に力を込め、いるまを包み込むように抱きしめた。
体温が重なり、心臓の鼓動まで伝わってくる距離。
ひまなつが、いるまの額に自分の額をそっと寄せたまま、吐息混じりに囁く。
「……愛してるよ?」
低くてやわらかい声が、鼓膜をくすぐる。
その言葉を受け取った瞬間、いるまの胸の奥がじんわりと熱くなった。
一瞬だけ視線を逸らし、それから小さく――ほんの少し照れたように頷く。
「……ん」
言葉にする代わりに、いるまはひまなつの胸元に手を添え、唇を重ねた。
さっきよりも控えめで、でも気持ちがきちんと伝わる、やさしいキス。
ひまなつはその小さな仕草がたまらなく愛おしくて、目を細めながらそっと受け止める。
唇が離れると、二人の間にあたたかな空気が残ったまま、自然と額を寄せ合った。
言葉はいらなくても、ちゃんと想いは伝わっている――そんな静かで満たされた時間だった。
コメント
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カッコイイ彼氏! 私もそんな彼氏がほしかったな(泣)(いるま先生の相手は暇ちゃんだけ)