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生きるって何だろう。
親の庇護のもとに生きている高校生になったばかりの俺は、いっちょ前にそんな事ばかり考えていた。
どんな青空も空虚。
4月。中学時代の同級生とも離れ、新しい生活にワクワク…なんてことは無く、またあのつまらない無為な時間が3年も続くのかと思うと嫌で嫌でたまらなかった。
早く大人になりたかったんだと思う。
入学式の日。
周りは知らない人ばかり。
同じ中学から来たのか、もう輪になってはしゃいでいる軍団も居る。
うるさいな、なんて斜に構えて見る俺はただの意気地なしなんだろう。
「つまらない」を解消しようと行動することもなく、楽しそうな奴を遠巻きに見る。
自分から話し掛ければ何かが変わるかもしれないのに。
文句ばかりたれている俺は、ほんと愚か者。
入学式が終わると、1年生を迎える会とやらが始まった。
大人たちの御託は聞き飽きた。
今日はこの「別に迎えてくれなくて良いのに迎えてくれる会」をクリアしたら帰れる。
帰ったら何をしようかなんて考えて時間を過ごした。
「次は新入生の入学を祝って、合唱部が歌います」
歌いらんよ、早く帰してくれ。
そんな事を思ったあの日の俺を殴ってやりたい。
「1年生の皆さん、入学おめでとうございます」
新2年生の男子がマイクの前に立った。
「ちょっとあの人、カッコいい…」
隣に座っている女子2人がコソコソと話している。
確かに男の目からみても綺麗な顔をしている。
顔も小さく、高身長、スタイルも良くアイドルみたい。
その先輩がピアノに着席する。
伴奏するのか。
イケメンでピアノ弾けるって、人生イージーなんだろな。
本当に俺はひねくれている。
前奏が始まる。
その途端に今までにない感情を覚えた。
うわ…ピアノって、こんなに綺麗な音してたっけ。
聞いたことのあるジェイポップの歌だった。
歌だけは好きでかなりの量を聴いていた。
というか、ひとりの時間を持て余しすぎて歌を聴く意外にすることがなかったのだ。
歌うことも好きだった。
合唱が始まっても、ピアノの音ばかりに集中してしまった。
あのイケメンが奏でる旋律。
気付くと俺は2番あたりから一緒に歌っていた。
口ずさんでいたつもりが、思いのほか大きな声が出ていたようで周りがざわつき始める。
「あの先輩、イケメン」と言っていた隣の女子に腕を人差し指でつんつん突付かれた。
「ねぇ、君…」
注意されるのかと思った。
「歌めっちゃ上手い…」
なぜだか褒められていた。
歌ってくれている合唱部の先輩達には申し訳なかったが、歌うことが止められなかった。
先生から怒られるかと思ったが、特に何も言われることもなく合唱が終わった。
不思議な高揚感に見舞われていた。
目立つことなんて本来好きじゃない。
周囲から拍手が起こった。
周りの目が俺に集中している。
急に恥ずかしさが湧き上がってきた。
合唱部の先輩にも注意されないか心配したが、俺の方を見て笑顔で拍手してくれていた。
いたたまれない。
早く帰りたい。
何でこんな小っ恥ずかしいことしたのか、自分でもわからない…。
俺は頭を抱えてうつむいた。
すると、あのイケメン伴奏者がマイクで話しかけてきた。
「そこの1年生の君!」
壇上を見ると、イケメン先輩がぐっとイイね!みたいなポーズをしていた。
「君は絶対に合唱部に入りなね!」
また拍手が起こる。
陽キャだなぁ、と他人事みたいに思いながら早くこの迎える会なんちゃらを終わらせてくれ、と思った。
「ピアノ伴奏の2年B組、藤村奏(そう)でした。」
「皆さん、高校生活を楽しんで下さい」
藤村奏…
フジムラソウ…
名前まで綺麗だな。
なんて、それが俺と奏ちゃんの出会いだった。
「あの時はホントビックリしたよな」
合唱部の練習が終わり、同級生の陸斗が話しかけてきた。
クラスは違うが、合唱部で会ううちに話すようになった。
「もうやめて、その話。マジで反省してるから」
あの時の話をされる度、消え入りたくなる。
「いや、ほんとに響の歌うますぎて俺感動したもん」
陸斗は逐一俺を褒めてくれる。
「しかも、お前のそのビジュアル、中性的な顔でソプラノ。女子のパート歌ってたから、ゾワッとしたわ」
「そうそう、最初キーが高いから女の子が歌ってるのかと思ったもん!」
女子の先輩が話に入ってくる。
「その節はすみません…でした」
「いや、沢尻くんみたいな子が合唱部入ってくれて嬉しいよ!ね?藤村くん!」
ピアノの席に座ったまま、奏ちゃんがこっちを向く。
「僕も響の歌声好きだよ」
奏ちゃんの笑顔。
「俺も奏ちゃんの笑顔が好き…」
「え?なに、告白!?」
先輩女子が笑う。
「間違えた…奏ちゃんのピアノが好きです…」
皆、笑っていたけれど本当に間違えたのはどっちだったのだろう?