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夜風が少し冷たくて、でも心地いい。
美咲はイヤホンをつけたまま、ゆっくり歩いていた。
さっきのライブの余韻が、まだ体の中に残っている。
(“小さいこっちがいいかも”を選ぶ…か)
何度も頭の中で繰り返す。
駅へ向かうはずだった足は、気づけば遠回りをしていた。
理由はない。ただ、もう少しだけ、この感覚のままでいたかった。
ふと、コンビニの明かりが目に入る。
何気なく立ち寄って、温かいお茶を一本手に取る。
レジに並びながら、ガラスに映る自分を見た。
少し泣いた顔。
でも、ほんの少しだけ――強くなった気がする顔。
「……変なの」
小さく笑う。
店を出て、キャップを開けると、湯気がふわっと上がった。
その瞬間、またふと思う。
(私、“何が好き”なんだろう)
今まで何度も考えて、答えが出なかった問い。
でも今回は、少しだけ違った。
“わからない”で終わらせるんじゃなくて、
“探してみよう”って思えた。
イヤホンから流れる音に耳を傾ける。
歌詞の一つひとつが、前よりもちゃんと意味を持って聞こえる。
(音楽、好きだな)
当たり前すぎて、ちゃんと見てなかった気持ち。
(聴くのも好きだし…こういう空間も好き)
ライブハウスの空気。
誰かの音に、心が動く瞬間。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
(でも、それって…)
“仕事にする”とか、“進路にする”とか。
そういう大きな言葉が浮かびかけて、少しだけ怖くなる。
――でも。
(いきなり決めなくていいんだっけ)
あの言葉が、すぐに浮かぶ。
美咲は歩道橋の階段を上りながら、深く息を吐いた。
夜景が広がる。
濡れた道路が、街の光を反射してきらきらしている。
「……じゃあ」
誰に言うでもなく、つぶやく。
「近づくこと、考えてみようかな」
音楽に関わる何か。
演奏じゃなくてもいい。
作る側じゃなくてもいい。
でも、“あの空間の近く”。
そこに、自分がいる未来。
ぼんやりだけど、初めて少しだけ想像できた。
スマホを取り出す。
検索画面を開いて、少し迷って――打ち込む。
「ライブハウス アルバイト 高校生」
検索ボタンを押す指が、少し震えた。
(これも、“こっちがいいかも”だよね)
画面にいくつかの募集が表示される。
知らない場所ばかり。
でも、不思議と怖さは少なかった。
むしろ、少しだけワクワクしている自分がいた。
そのとき、またスマホが震える。
今度は、担任じゃない。
友達の由奈からだった。
『進路どうするか決めた?』
ほんの数時間前までなら、
このメッセージを見るだけで苦しくなっていたはずなのに。
今は、少し違う。
「まだ決めてないけど、ちょっと動き始めたかも。今度話聞いてほしい!」
送信。
すぐに返信が来る。
『なにそれ気になる!明日話そ!』
思わず笑う。
世界は、急には変わらない。
でも。
(ちゃんと、動いてる)
自分の中の何かが、確かに変わり始めている。
歩道橋を降りると、いつもの帰り道。
でも、同じ道なのに、少しだけ違って見える。
イヤホンの音量を少し上げる。
あの夜のライブのことを思い出す。
大森の言葉。
あの視線。
あの音。
「……また会えるかな」
ぽつりとこぼす。
答えはない。
でも――
(会えるように、動けばいいか)
そう思えた。