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コンコン……コンコン……
バルコニーの方から聞こえてくる窓ガラスを小突く音。最近すっかり耳に馴染んでしまった。私は掛けていた椅子から立ち上がると、バルコニーへ向かった。可愛い郵便屋さんを出迎えるためだ。
「クーッ! クーッ!」
「エリス、いらっしゃい! ご苦労様」
窓を開けてやるとエリスは肩へ飛び乗った。羽でフワフワした体をすり寄せてくる。
「ふふっ、くすぐったいよ」
喉元を軽く撫でてやりながら、窓の下に落ちている金属製の筒を拾い上げた。エリスは手紙を持って来ると、私が返事を書いている間は部屋で休憩をする。そんなエリスのために、専用のとまり木と水入れを用意してみた。エリスもそれが気に入ってくれたようで、羽繕いをしながらリラックスしている。
私は書き物机に向かった。先ほど手にした筒の蓋を開けて中身を確認する。
「綺麗……今日は藤色の封筒だ」
ローレンスさんから届く手紙は毎回封筒の種類が違う。前回は緑でその前は黄色……どれもとても美しく、手紙を受け取る時の楽しみのひとつになっている。封筒から便箋を取り出して、そこに書かれた文章に目を通した。
「へぇ……『とまり木』に新メニューが出るんだ……冷たいデザート!! アイスクリームかな……それともゼリーとか? 絶対食べに行かなくちゃ」
店のオーナーであるローレンスさんから、耳寄り情報をいただいてしまった。『とまり木』のお菓子は全部美味しいからな。新作が今から楽しみでしょうがない。
『贈ったピアスは身に付けてくれていますか? あれは御守りです。どうか、あなたのそばから離すことがないようお願いします』
そっと自分の耳に触れる。このピアスの石……ルーイ様の話だと、コンティドロップスだそうだ。確か以前、石はコンティレクト様の体の一部だと聞いた。そんな簡単に手に入る物ではないと思うのだけど。
瑠璃色の美しいそれは魔力の輝き……コンティレクト様のものとも違う。前に見せて頂いたコンティレクト様の力は、燃えるような鮮やかな真紅色だった。つまり、一度コンティレクト様の魔力を抜き取り、新たに別の力を吸わせた事になる。
ローレンスさんは魔法使いなんだろうか……いや、石の正体を知らずに偶然手に入れただけの可能性だってある。ルーイ様が言うように、見た目はただの美しい宝石にしか見えないのだから。
どうしてこんな貴重な物を私にくださったのだろう。それに、ローレンスさんはなぜ、私がピアスを開けていると知っていたのかな。てっきりセドリックさんに聞いたのだと思っていたけど、彼は私の贈り物選びには関わっていないと言っていた。
『もうすぐ私の周りの状況も落ち着いて、自由に動けるようになりそうです』
『クレハ……早く君に会いたい』
「えっ!!?」
今までの形式ばった丁寧な口調とは明らかに違う、最後の一文に鼓動が跳ねる。
びっくり……した……
何だか顔が熱くなっていく気がする。私は深く息を吐くと、こちらを眺めているエリスに語りかけた。
「エリス……あなたの飼い主さんは一体どんな方なの?」
見た目はもちろん、性別も年齢も私は知らない。私が知っているのは、セドリックさんがお仕えしているご主人で『とまり木』の責任者という肩書きだけだ。何回かの手紙のやり取りで、少しずつお互いの好み趣向などは知ることができたが、確信部分には触れられずにいた。
机の引き出しの中から真新しい便箋を取り出すと、私は手紙の返事を書き出した。『とまり木』の新メニュー楽しみにしているということ……ピアスはとても気に入っていて、肌身離さず身に付けているということ。そして最後に……
『私もあなたにお会いしたいです』……そう綴った。
書き終えた手紙に封をして筒に入れる。エリスが出番だとばかりに、大きく翼を広げて羽ばたいた。
「よろしくね」
筒をエリスの前に差し出す。エリスは器用に足でそれを掴み、私の手から受け取った。窓を開けるとエリスは勢いよくそこから外へ飛び立っていく。手紙を自身の主に届けるために……。私はそれをバルコニーから眺める。
エリスが向かって行くのが毎回『とまり木』のある所とは反対方向なので、ローレンスさんはどこか別の場所で仕事をしているのだろう。エリスがこうして頻繁に訪れる事ができるのだから、うちの屋敷からそこまで離れてはいなそうだ。
エリスの姿が見えなくなるまでぼんやりと空を眺めていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はーい」
「失礼致します」
部屋に入って来たのはモニカだった。
「クレハお嬢様、カミル様がお見えになられました」
「カミルが? 今日は遊ぶ約束はしていなかったと思うけど……どうしたんだろう」
突然の幼なじみの来訪に首を傾げる。しかし、カミルはその時の気分でふらっと訪問してくる事は今までも何回かあった。特段気にする必要は無いのかもしれない。
「分かりました。モニカ、カミルを部屋までお通しして下さい」
モニカに指示を出すと、軽く部屋を片付けて幼なじみを迎える準備をした。
「カミル、いらっしゃい! 急にどうしたの?」
「うん、ちょっとクレハの顔が見たくなってね。最近はどう? 変わった事はない?」
やはりカミルはただ遊びに来ただけで、特に何かあったという事ではないようだ。
変わったことか。一番に思いつくのはルーイ様関連なんだけど、これを言うわけにはいかないしなぁ。
「変わった事じゃないけど素敵なカフェを見つけたの。『とまり木』って名前で、そこのケーキがとっても美味しくて……」
「カフェ……?」
「そう! 中でもフルーツタルトが絶品で……」
「あー……そう、そういうのか。何だ、やっぱり僕の考え過ぎか」
「うん?」
「いや、何でもないよ。へー、そんなに美味しいなら食べてみたいな」
「じゃあ、今から行こう!!」
「えっ……今から?」
「うちからそんなに離れていないの。西オルカ通りだから歩いて5分くらい。ね? 一緒に行こう」
私はカミルの両手を握って促した。彼も甘い物が好きだし、きっと気に入ってくれるはずだ。
「う、うん……」
カミルの了解を得ると、善は急げとばかりに彼を引っ張って自室を後にした。