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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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溜まっていた事務作業がようやくひと段落して、傍らに置いていたティーカップに手を伸ばした。熱めに淹れた紅茶はすでに冷たくなっている。


「完全に冷めてるな。淹れ直すか」


椅子から立ち上がり腕を回す。長時間書面とにらめっこをしていたせいか、少々肩が張っている。そういえばまだ昼食も食べていなかった。仕事に集中している間は気にならなかったのに、意識した途端に腹が減ってきた。紅茶を淹れるついでに軽くつまめる物でも作ろう。俺はティーカップを手に厨房に向かった。


今日は事務室に篭りきりで接客の方は他の連中に任せきりだったな。後で焼き菓子でも差し入れてやるか。

厨房に行く途中に店内の様子を伺う。昼時が過ぎて客足も落ち着きを見せ始め、のんびりとした空気が漂っている。全体をゆっくり見渡していると、窓際の奥の席で美しいプラチナブロンドの髪が揺れていた。向かいの席に座っている人物と談笑をしている。


「あれは……クレハ様だ。一緒にいるのはお友達かな」


有り難い事にクレハ様はうちの料理を大層気に入ってくれたようで、あれ以来何度も店に足を運んで下さっている。

作業もキリのいい所まで終わったし、挨拶してくるか。ティーカップを厨房の流し台の脇に置くと、軽く身嗜みを整えてから店内に入った。昼食は後回しだ。













「クレハ……まだ決まらないの?」


「ご、ごめんね。このチョコレートケーキとさくらんぼのタルト、どっちにしようか迷っちゃって……」


私はもうかれこれ10分はメニュー表を眺めていた。いっそ2個注文してしまおうかなと考え始めている。でも食べ過ぎると夕食が入らなくなってしまう。どうしよう。こんな調子でうんうんと唸っていると……


「じゃあ、僕と半……」


「では、ケーキの大きさを半分に致しましょう。それなら2種類でひとつ分の大きさになりますから」


背後から男性の声が聞こえた。振り返るとそこには優しい笑顔を携えた眼鏡の店員さんがいた。


「いらっしゃいませ。クレハ様」


「セドリックさん! 今日はお休みなのかと思っていました」


「奥で書き仕事をしていたものですから。クレハ様のお姿が見えましたので、挨拶だけでもと思いまして」


「そうだったのですか……忙しいのにわざわざありがとうございます」


「とんでもない」


「ねぇ、クレハ……この人誰? ずいぶん親しげだけど」


カミルが不機嫌そうな声で私の上着の袖を引っ張った。さっき何か言おうとしていたのを中断されちゃったみたいだから、それで怒っているのかな?


「ああ、ごめんね。紹介するね、こちらセドリックさん。セドリックさん、私の友人のカミルです」


「初めまして、セドリックです。どうぞよろしくお願い致し……」


「あれ? あんた……」


ふたりが顔を見合わせた瞬間、空気が変わった。








えーっと……どうしたのかな。セドリックさんはカミルの顔を見つめたまま硬直している。対するカミルは眉間に皺を寄せ、何かを探るような視線でセドリックさんを見ている。お互いが無言で見つめ合うという異様な雰囲気。私がおろおろしていると、ようやくカミルが口を開いた。


「セドリックさんだっけ? どこかで僕と会ったことない?」


「……いいえ。本日が初対面かと思いますが」


カミルを見て固まっていたセドリックさんは、いつもの物腰の柔らかい丁寧な口調で答えた。


「そうかな。僕セドリックさんの顔……見覚えがあるような気がするんだけど」


「私のような凡庸な顔は世間にありふれておりますからね。他人の空似ではないかと」


ええっ!? セドリックさんみたいなカッコいい人、そうそういないと思うんだけど。ほらっ、今だって! セドリックさんが出てきた途端、店内にいた女性客が頬染めながらチラチラこっち見てるもの。

私は脳内でセドリックさんに突っ込みを入れながら、ふたりの会話を聞いていた。どうやらカミルはセドリックさんと面識があるらしい。


「カミル、もしかして『とまり木』に来たことあるんじゃない? ほら、カミルのお父様は甘い物がお好きで、よくカミルを連れてお菓子屋巡りしてるって前に言ってたでしょ」


「そう! そうだ父さんだ。あれは確か父さんと一緒に王宮に行った時……」


セドリックさんが苦虫を噛み潰したような顔で私を見ている。何かマズい事言ったのかな。


「けっ、ケーキ! お持ち致しましょうね!! クレハ様はチョコレートケーキとさくらんぼのタルトを半分ずつ。カミル様はいかが致しましょうか?」


「僕もクレハと一緒でいいよ」


「かしこまりました」


「あっ! セドリックさん。ケーキ半分にしてくれてありがとうございます」


「いいえ。すぐに準備致しますから、少々お待ち下さいませ」









まずい……


俺はバックヤードに逃げるように駆け込むと、その場にしゃがみ込む。

あれはクライン宰相のとこの次男坊じゃないか。まさかクレハ様の友人とは……。いや、確か宰相とクレハ様の父であるジェムラート公爵は元学友同士で親しかったな。親同士が懇意なのだから、その子供たちが仲が良くても何も不思議ではない。それにクレハ様の姉、フィオナ様とカミル様の兄、ルーカス様の婚約も親同士が仲が良いから結ばれたようなものだった。


カミル様の言う通り……俺とカミル様は面識がある。それは甘党である彼の父、フランツ・クライン宰相に頼まれて、うちの新作ケーキを差し入れした時の事だった。たまたま父親に付いて王宮に来ていたのだろう。その時は俺に興味を持った様子は無かったのだが……くそ……


この後、カミル様が父親に俺について尋ねたりしたら非常によろしくない。宰相は俺の事をよく知っている。もちろん主の事もだ。そうなるとカミル様経由でそれがクレハ様の耳に入る可能性が高い。いずれ分かる事とは言え、タイミングというものがある。それに……きっと主は自らの口でクレハ様に伝えたいと思っているはずだ。

俺がどうしたものかとこまねいていると、後ろから女性に声をかけられた。


「どうしたんですか? セドリックさん。そんなとこでうずくまってたら危ないですよ。誰かが引っかかって転んじゃいますから、もっと端に寄って下さい。もしかして……どこか具合でも悪いんですか?」


「ミシェル……いや、別に体調が悪いわけではないが……」


「そうだ!! セドリックさん。私初めてお目にかかりました。あの奥の席にいらっしゃる銀髪の可愛い女の子……あの方がクレハ様なんですね。例の……」


俺はとっさに彼女の口を手の平で塞いだ。


「うぐっ! うっ……」


「ミシェル……お前、今何を言おうとした? あの話ならまだ正式に発表になっていない極秘扱いだぞ。こんな誰が聞いているか分からん場所で軽率に口にするな」


「うーっ、うーっ……」


彼女が呻きながら何度も頷いているので、口を塞いでいた手を離してやる。


「はぁっ……も、申し訳ありません! つい……」


「全く……」


ミシェルは俺と同じく主のお側でお仕えしている者の1人だが、如何いかんせんその自覚が些か足りないように見える。そうだ……


「ミシェル、お前がこのケーキをクレハ様たちにお持ちしろ。お前なら顔が割れていないからな。その後は店内で接客するフリをしながら、さり気なくふたりの会話や動向を探れ」


注文頂いたケーキをミシェルに手渡す。これ以上カミル様の前に顔を出すのは危険だ。何がきっかけで俺の事を思い出すか分からんからな。


「えー……盗み聞きとか趣味悪いですよ、セドリックさん」


「い、い、か、ら、行け!」


「はーい……」











「お待たせ致しましたー!」


しばらくして注文したケーキが運ばれて来た。しかし、持って来てくれたのはセドリックさんではなく、若い女性の店員さんだった。


「あの、セドリックさんは……」


「申し訳ありません。急な来客がありまして……セドリックはそちらの対応をしております。おふたりはどうぞごゆっくりとの事です」


「そうですか……お忙しい中、色々気を使って下さってありがとうございます。セドリックさんによろしくお伝えください」


お皿の上には通常の半分のサイズにカットされたケーキがふたつ乗せられていた。普段はこんなサービスしていないだろうに……。今度来た時に改めて、お礼とケーキの感想を伝えよう。


「ねぇ、クレハ。僕やっぱりあのセドリックさんって人に会った事あると思う。それもこの店でじゃなくて王宮で」


「カミルは何がそんなに気になっているの? セドリックさんはお仕事で王宮にも行くことあるっておっしゃってたから、その時に見かけたんじゃないの」


「違う。そういうことじゃなくて……なんかモヤモヤするんだよ……あの人」


カミルはさっきからケーキに目もくれず、考え事をしている。せっかく来たのだからケーキにもっと興味を持って欲しいのだけど……


「はぁ……まぁいいや。父さんに確認すればはっきりするだろうし……と言っても最近バタバタしてて家にあんまり戻ってこないから、いつになるかは分からないけど」


「カミルのお父様も忙しいのね……」


「うん。おかげで『ルクト』へ行くのは、僕と兄さんだけになりそう」


カミルは毎年この時期になると、親戚の叔母様の家へ泊まりに行くのが恒例行事になっている。ルクトは王都から北に位置する酪農が盛んな町だ。自然がとても豊かで大きな牧場がたくさんある。


「よかったらクレハも一緒に来る? 叔母さんも賑やかな方が喜ぶだろうし」


「えっ、いいの!? でもせっかくの家族団欒を邪魔しちゃうのも……」


というか大好きなお兄様との一時ひとときに乱入するなんて野暮なことしていいのかな……


「クレハなら大丈夫だよ、家族みたいなものだし。僕もクレハが一緒の方が楽しいしね。出発は3日後だから、ちょっと急だけど考えておいてよ」


「そう? うーん……お父様とお母様に行ってもいいか聞いて見るね」












「――おふたりはルクトへ行かれる予定みたいですね」


バックヤードへ戻ったミシェルが報告する。幸いなことに、今すぐ俺や主についてバレることは無さそうでひとまず安心した。そういえば宰相は例の件で王宮に入り浸りだったのをすっかり忘れていた。丁度良いからもうしばらくこのままでいて貰おう。後はクレハ様のご両親だな……


「ミシェル! ちょっと出かけてくるから、クレハ様達を頼んだ」


「えっ? そ、それは構いませんが……さっきからどうしたんですか」


ミシェルの問いかけには答えず、俺は急いで店の裏口から外へ出ると主の元へ向かった。予定していたよりも発表を早めることになるかもしれないな。とにかく最低でも、ジェムラート家には正式に通達しなければならない。

そして……何となくだが、クレハ様をカミル様と一緒にルクトへ行かせてはならないような気がした。

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜

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