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アンサング・コード
Prolog.
夜は静かだった。
机の上のノートは開かれたままで、ペン先はもうしばらく動いていない。
代わりに光を放つのは、パソコンの画面。
小さな再生ボタンが、脈を打つように点滅していた。
クリック一つで、部屋の空気が変わる。
スピーカーから流れてきたのは、録音された誰かの音。
完璧じゃない。だけど、なぜか耳を離れない。
言葉の奥に、揺らいだ感情が透けて見えた。
「……この音、どこか懐かしい」
僕はつぶやき、 もう一度その曲を頭から再生する。
音に込められた意味を、重なりを、何度も何度もなぞる。
そこには、見ず知らずの誰かが置いた“心の音”が確かにあった。
同じ頃、別の部屋では誰かがギターを抱えていた。
深夜にもかかわらず、アンプにつながれたその音は控えめだったけれど、
それでも、鳴らさずにはいられなかった。
──ただ指を動かしてるだけじゃない。自分にとっての“正しい音”を、
目の前にいない誰かに届けるようにして。
「上手くない。でも、すごい……響いた」
つぶやいた言葉は、部屋の空気に溶けて消えた。
けれど、心の奥には小さな火が灯っていた。
音楽サイトの片隅で出会った、名も知らぬ者同士。
偶然だった。でも、それは必然だったのかもしれない。
まだ言葉を交わす前。
まだ名前すら知らない。
でも、どこかで分かっていた。
この音は、自分を変えてくれるかもしれない──と。
だから、もう一度だけ聴こう。
もう一度だけ、鳴らしてみよう。
ささやかな音の重なりが、やがて1人の世界を震わせることになる。
僕はその日まで 、音楽を 歌を 奏で続ける 。