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「無詠唱の爆破に、あれは……音の魔法? ショウ、あなた、本当にただの魔導師じゃないわね。どこの流派?」
「だから、ただのマジシャンだと言っただろ。あれはマジックだ……さて、ルーシー。少し冷静に話を整理してもいいかな」
僕はシルクハットの埃を払い、頭に載せた。マジシャンとしての正装を整えると、不思議と心が落ち着く。
「まず、ここが『劇場』でも『テーマパーク』でもないことは理解した。そして君の言う『魔法』が、どうやらこの世界の常識であることも。……認めざるを得ないな。どうやら僕は、とんでもない機構トラブルで、地図にない場所に飛ばされたらしい」
「……地図にない場所? ショウ、あなた……」
ルーシーは抱えていた分厚い本を抱き直した。
「さっき『異世界の訪問者』と言ったのは、半分は冗談だったの。でも、その言葉選び、見たこともない道具、そして何よりその『礼服』の素材。……あなた、本当にこの世界の人間じゃないのね?」
「ああ。僕のいた場所には、あんな化け物もいなければ、ランタンを魔法で灯す少女もいなかった。もっと科学をベースにした……こっちにも科学の概念はあるのかな……そんな場所だ」
ルーシーの顔が、期待で真っ赤に染まった。彼女は一歩、また一歩と僕に詰め寄る。
「やっぱり! 『異世界召喚の伝承』は本当だったんだわ! 古文書にあった『黒き衣を纏い、奇跡を操る者』……それがマジシャン……! ああ、信じられない。歴史の生き証人が、私の目の前に立っているなんて!」
彼女のテンションは一気に最高潮に達したらしい。司書としての探求心が、先ほどの恐怖を完全に塗り替えてしまったようだ。
「ショウ、お願い、もっと教えて! あなたの世界のこと、あなたの言うマジックと私たちの魔法との違いとか! あ、でも、こんな洞窟で話すことじゃないわね」
ルーシーは僕の手をぐいっと掴んだ。見た目の可憐さに反して、その力は驚くほど強い。
「私の家へ行きましょう! 両親とも研究に出ているから大したもてなしはできないけど、古文書と温かいスープなら用意できるわ。あなたの身分を証明できるものがないと、この先、王国の兵士に捕まっちゃうかもしれないし……。私があなたの『身元保証人』になってあげる!」
「それは助かるが……スープの方は『種も仕掛けもない』やつを頼むよ」
僕は苦笑しながら、彼女に引かれるまま洞窟の出口へと歩き出した。
「異世界の人に会えて本当にうれしい、でも、ちょっと貴族でもよかったかなって思っちゃった。命を助けて銀貨でも貰えたらうれしかったんだけど」
「銀貨なら」
僕は右掌をルーシーに見せつける。その隙に左手の袖口に隠したコインをつまみ、隠し持ったまま左人差し指で右手をたたく。ルーシーには見えない角度でコインを右手に渡し、あたかも何もなかった右手からコインが出現したように魅せた。
「えー! なんで! あなたの世界の魔法は全部無詠唱なの?」
どうやら種と仕掛けの説明からしないといけないらしい。でも、種明かしはマジシャンにとって避けたいものだが……。
そうこうしているうちに、洞窟の出口に着いた。向こうには、僕の知る現実とは似ても似つかない、美しくも残酷な異世界の風景が広がっていた。
「……これ、本当に特撮じゃないんだな」
「トクサツ? よくわからないけど、さあ行くわよ! 明るいうちに街に入らないと」
ルーシーに手を引かれ、僕は燕尾服の裾を泥から守りながら歩き出した。
現代のマジシャンが、魔法の存在する世界で何を成すべきか。襟を正しながら、僕は新しいステージの幕が上がったことを確信した。
到着したルーシーの家は、街の外縁にある古びた、しかし重厚な石造りの建物だった。
「ただいまー! ……あ、ごめん、ちょっと『読書家』の家だから散らかってるかも」
散らかってるというレベルではなかった。玄関を開けた瞬間、本の雪崩に巻き込まれそうになる。研究職の両親は現在不在らしく、家の中は「足の踏み場」よりも「積読の置き場」の方が優先されていた。ここは家じゃない、ベッドのある書庫だ。
「……ショウ、座ってて! 今スープ作るから!」
ルーシーが台所で「点火(イグニス)」と短く唱えると、コンロに火が灯った。……魔法、便利すぎるだろ。僕の「アラジンマッチ」の立場がないじゃないか。
出されたスープは、なんというか……「素材の味を最大限に活かしすぎた(味付けを忘れた)」ものだった。
「……どう? 異世界の味は」
「……ああ。非常に『健康的』で、マジシャン的なポーカーフェイスを維持するのが精一杯な味だよ」
「それ、美味しくないってことよね!?」
その後、彼女の質問攻めが始まった。「マジックと魔法は何が違うのか」「科学とは何か」。 僕は「科学は例えば揚力とエンジンの推力で鉄の塊が飛ぶように……」と答えようとしたが、彼女のメモには『風精霊の強制労働理論』と書き込まれた。……うん、もうそれでいいよ。