人魚姫を知っているだろうか。あの、有名な童話の人魚姫だ。
好きな人がいた。今じゃあもう、好きな人、とは言えないが。
何度目かの恋だった。それは確かに、恋だった。初めは顔だったと思う。イケメンとは言えなくもないが、まぁ普通の顔だった。
彼は何度か、私に笑顔を向けた。 やっぱり、その笑った顔が好きだった。
人魚姫を知っているだろうか。
あの、悲恋な童話の人魚姫だ。
最期には、泡となって消える人魚姫だ。誰かを愛する故に、自分を捨てた愚かな人魚姫の話だ。
彼女は茨の道を選んだ。厳しく、そして儚い道を選んだ。
海の魔女の作った薬を飲んで、人間になろうとした。 彼女は何処までも人魚だった。決して、人間になることはできなかった。
人魚姫は、自分を捨てた。 人魚姫は、何よりも王子を愛した。
王子だけを望んだ。 人魚姫が、自分として生きることをやめた。
好きだった人がいた。今じゃもう、誰かも思い出せない。ただ好きだったのは覚えてる。
彼は、私の友人を選んだ。友人と言っても、関わりは浅い。
彼は笑顔だった。私に向けたその顔より、花が咲いたように。ただ、優しく、美しく笑った。 彼の瞳に、自分が映ることはないと思った。
二つの瞳いっぱいに、友人がいた。 彼の中心に、友人がいた。
私が泣くことはなかった。
どうにも涙がでなかった。苦しくも、痛くもなかった。 ただ、自分の中心にポッカリ穴が空いた感覚だけが残った。一瞬で全てを壊す、そんな感じだった。 それは恋じゃなかった。 恋ならば、どんなに楽であったか。そんな事を思った。
私は彼を、愛した。 人魚姫みたいだと思った。 恋ならば、恋だったなら、私は最後まで彼を諦めなかっただろう。彼を手離さなかったたろう。 いつの間にか、私の恋は、愛となっていた。 それは確かに、愛だった。 自分の事なんかどうでもよくなってしまった。 彼の幸せだけを願った。ただ、ひたすらに。 まさに、童話の中の人魚姫だ。
彼女が王子に向けるものが恋ならば、きっと王子の相手を殺しただろう。 だが、それは恋から愛に変化していった。彼女は王子を愛していた。愛していたから、彼女は自分を捨てた。
そして泡となって消えたんだ。彼を愛するあまり、彼が愛す人さえも愛情と憎しみと哀しみをもって。
でも私は、人魚ではない。人魚姫でもない。 私は人間で、だからこの先もあと何十年かは生きてしまう。
自殺したっていい。でも、それでは逃げたと同じだ。私は逃げるように女になりたくない。
それに、私は人魚姫のように彼が愛した人に愛情を向けることはできない。憎しみも、哀しみも、私の中ではもう完結している。
それは単に、この愛の行方を知っていたから。
きっとこうなることがわかっていたからだ。いっそのこと、泡になれたらどれだけ楽だっただろうと戯れ言を吐く。ただ、それだけの話だ。
私が泡となる日は、こなかった。
過去に書いた人魚姫と女の子のお話です。物語というのかは不明。解釈は人それぞれです。
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