自分の感情に気づいてから、今までよりずっと若井のことを見るようになった。多分、誰よりも若井について詳しくなった、と思う。
好きな食べ物、口癖、笑いのツボ、好きなコード進行、好きなタイプ、苦手な食べ物、本人も気づかないようなホクロの位置。
他にもたくさんある。
正直、最初は戸惑った。自分が自分じゃないみたいだったし、男を好きになるなんて思ってもみなかった。でも、押さえ込もうとしてもこの気持ちはかえって大きくなった。
「……でさぁ、この前の収録中涼ちゃんが俺のこと笑わそうとしてきて〜。」
「あーあの時か!サポメンのみんなにちょっと怒られたやつね。」
「そうそう、あれは誰でも笑うと思うわ。な、元貴!………あれ、元貴?」
若井の声で現実に引き戻されて、ここが居酒屋であることに気づいた。それぞれビールと何種類かのおつまみを手元に置いて。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた。」
「そんなことだろうと思ったよ。元貴、ここに皺が寄ってたから。」
涼ちゃんが眉間を指さして笑う。そんなにか…と自分で驚きつつも、2人の会話に混ざった。
何時間経っただろう。気づくと机には空のジョッキがいくつも並んでいて、お酒に弱い彼は夢の中。僕と涼ちゃんが他愛もない話をしていた。
「若井さ、最近思い詰めてるみたいなんだよね。」
涼ちゃんからの突然の言葉に目を見開く。
「明らかにスマホ見ながらため息ついてること多いし。」
「えぇー…どうしたんだろうね、若井。」
「僕から聞いてみても何も無いの一点張りでさ。元貴は何か知らない?」
「僕はなーんにも。」
心当たりなんてないし、そもそも若井がそんなことになってたのに気づいてなかった。
「ならさ、今日聞いてみてくれない?幼馴染だからこそ話せることもあると思うし。」
「うーん、僕が聞いてもどうしようもなさそうだけど。」
「やってみないと分かんないよ。ほら、もう時間も遅いしさ?僕は1人で帰れるから、若井のこと送ってって。」
「ん、分かった。こら若井、帰るよ?」
「……っ、かぁー…。もとき…?いま何時…」
涼ちゃんにまたね、と挨拶を交わすと寝ぼけ眼の若井を引きずって、タクシーに乗せてやる。
「…ん゛ー…こんぶのジェラート…」
訳のわからない寝言を言う彼を見つめていると心臓がうるさくなる。耳まで真っ赤にして無防備な寝顔を晒してるなんて。
家に着いた。運転手さんへ会釈をすると玄関のドアを開ける。
「若井。お風呂入りなね。」
「もときがいれてよー…俺動けない …」
「はぁ…今日だけね。」
結局、おねだりに負けて入れてやることにした。脱衣所まで彼を連れていき、正面に立たせると一つずつシャツのボタンを解いていく。
「もとき。 」
反応する間もなく若井が僕を抱きしめて、小さな声で名前を呼ぶ。
予想外の事態に僕は硬直してしまった。
「これは、お酒のせいだから。だから、本気にしないで欲しい。」
若井が僕に向き直って、さっきよりも小さな声で僕に言葉を向ける。
「ずっと好きだった。」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!