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『理世は私を助けてくれた。利用されたなんて思ってない!』
そのシーンを何度眺めれば気が済むんだろうか。
家に帰ってきてから、ずっと流れている。
『ドラマみたいで、素敵ですね!』
『まさに現代のシンデレラ!』
盛り上がるコメンテーターたちに、私は心の中でコメントする。
――相手は王子じゃなくて魔王だけど。
リセが王子なんて可愛らしい存在には、どうしても思えなかった。
「理世。そろそろ消してもらってもいい?」
「せっかく楽しんでいるのに。ほら、琉永も俺の隣にきて、一緒に観ようか」
一部始終を複雑な思いで私は眺めていた。
「理世……。こうなることをわかっていたわよね?」
「もちろん。だから、録画できている。俺の録画時間は完璧だったな」
「完璧なのは録画時間じゃなくて、演技でしょ!?」
『麻王グループの王子様みたいな専務。優しくて、かっこよくて、非の打ち所がない』
世間にそんなイメージが定着したと思う。
「演技じゃなくて、俺は心から言ってるよ」
映画のクライマックスを思わせるキスシーンが流れて、思わず、テレビの電源を切った。
「今、一番いいところだった」
「ぜんぜん、よくないっ!」
キスシーンが一番恥ずかしすぎる。
ご満悦な理世は、絶対に録画を消させてくれなかった。
むしろ、永久保存する勢いだ。
「これで琉永に、悪い虫が近寄ることもなくなった」
「悪い虫って……。虫が近づいた途端、息の根を止めていくスタイルの人間に言われてもね」
「そう。俺は息の根を止めてしまうかもしれないから、琉永は絶対、浮気しないように」
もう、なんと言って返していいかわからない。
しかも、なんのお祝いなのか、食後にケーキまで買ってあり、フルーツと生クリームたっぷりのホールケーキが、リビングのテーブルの上で存在感を放っていた。
紅茶をいれ、ケーキナイフでケーキを切った。
「もしかして、理世は|啓雅《けいが》さんが仕返しに週刊誌を使うって、事前にわかっていたの?」
「そう。だから、記事を止めなかった。 今日のためにね。記者に頼まなくても、自然に明日、違う記事が載る」
――自然? 罠を仕掛けて、自然とはどいうことですか?
思わず、苦笑した。
「記事を握り潰すより、あの記事を書いた奴に恥をかかせ、乾井とのパイプを切ってやったほうがいいと思った。これで、乾井は二度と頼めないだろうな」
「そ、そう」
画面で私が『そんなことない!』というのが聞こえ、ブチッと電源を切った。
「なにするんだ」
理世は少し不満そうにしていたけど、私はテレビのリモコンを渡さなかった。
あーあ、もうすこし見たかったのになと理世は言いながら、紅茶を一口飲んだ。
「そうだ。子供が生まれたら見せよう」
「消して!」
すでに子供に見せる計画を立てるなんて、まったく油断も隙もない。
「乾井には感謝しないといけないな」
「どうして?」
「ブランドのいい広告になった。タダで『|Fill《フィル》』のブランド名を広めることができただろう?」
「もしかして、それも計算の上で!?」
にこっと理世は微笑んだ。
それは無言の肯定だった。
「絶対、理世を敵に回したくないわ……」
「なら、一生、琉永は俺だけを愛さないとね」
「も、もちろん。浮気をする相手もいないし、予定もないわ」
「当然だ」
理世は私が思っている以上に、独占欲が強いかもしれない。
ケーキをゴクンとのみ込んだ。
「それより、琉永。俺と初めて出会った時のことを思い出した?」
「えっ! えーと……」
――実は覚えていない。
でも、理世は期待に満ちた眼差しで、私をじっと見ている。
ここで『思い出せませんでした』なんて、言えなかった。
「も、もちろん。学校主催のショーよね」
理世はすごく嬉しそうな顔をして笑った。
――よかった。当たった。
ハズレていたら、どうなっていたことか。
ふうっと額の汗をぬぐった。
私の姿を理世が見る機会は限られていたし、外部からの人が招かれる学校の行事はショーしかない。
「そうだ。ショーが終わったら、結婚式をしよう」
「結婚式!?」
「|麻王《あさお》の一族に、琉永のお披露目をしたいと思っている」
「でも……私のことを受け入れてくれるか、どうか……」
自信がなくて、不安な顔をしていると理世が笑った。
「大丈夫。ショーを成功させて、兄に認めさせれば、根回しくらいはしてくれる」
兄とは、『|Lorelei《ローレライ》』の|悠世《ゆうせい》さんのことだ。
「成功したらなの?」
「悠世は気まぐれで変わり者だ。興味がある人間に対しては好意的だが、興味がない人間には氷のように冷たい」
ただでさえ、ショーへの参加で緊張しているのに、重いプレッシャーがずしっと私にのしかかってきた。
「ショーが楽しみだ」
理世はそう言ったけど、私はひきつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。
一着だけしかないけど、私にとっては、初めての外部のショー。
失敗は絶対許されない。
「琉永。心配しなくても成功する」
心強い理世の言葉に、少しだけプレッシャーがやわらいだ。
――理世の言葉には力がある。
いつも私を励まし続けてくれる言葉をくれる理世。
「私、頑張るわ。理世。ショーが終わったら、ご両親に挨拶をしてもいい?」
「ああ。一緒に本邸へ行こう」
――あなたの妻として、認められたい。
プレッシャー以上の思いが、そこにはあった、
けれど、まだ|啓雅《けいが》さんからの仕返しは終わってなかった。
――それを私はショーの当日に知ることになるのだった。