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ピンポーン
インターホンの音に、雪斗が玄関へ向かう。
扉を開けると――
「おはようございます!」
息を少し弾ませながら、こはるが立っていた。
「……おはよう。朝からごめんね。」
「全然大丈夫ですよ!今日はお手伝いということで…!」
そのやり取りを聞いていた母親が、奥から出てくる。
「こはるちゃん、来てくれてありがとう〜」
「いえ、こちらこそお呼びいただいて…!」
「誰かさんが急にパーティなんて決めちゃってねぇ。ちょっと人手が欲しかったのよ」
「任せてください!」
「いや……俺が決めたんじゃ無いんだけど……」
ニコニコのこはるが雪斗の母親に続き、家の中へと入っていった。
⸻
渡されたエプロンを身につけ、準備が始まる。
「雪斗は飾り付けの方お願いね」
「はいはい……」
雪斗はリビングでツリーや装飾を。
「こはるちゃんは料理を手伝ってね」
「はい!」
こはると母親はキッチンに立つ。
⸻
「これお願いできる?」
「はい!」
野菜を洗い、切っていくこはる。
包丁の音が、一定のリズムで響く。
「〜♪」
嬉しそうに笑う雪斗の母親との共同作業が始まった。
⸻
「……あっ」
唐揚げを揚げる油の近くで、小さく声が漏れる。
「大丈夫?」
「油が少し跳ねました…あちち、です」
「あらあら、気をつけてね」
くすっと笑う母親。
⸻
ポリポリ……
野菜スティック用に切った人参を一本。
口に咥えて食べている母親。
さらにもう一本手に取り……
「はい、あーん」
こはるの口元に差し出される。
「……あーん」
ぽりぽり。
そのまま手を使わず口で受け取る。
「……ふふ」
ぽりぽり
「……?」
「やっぱり似てるわね」
「え?」
「ううん、なんでもないわ♪」
⸻
「……あら?」
冷蔵庫の中を確認していた母親から声が聞こえた。
「どうしました?」
「バターと薄力粉が……多分足りないわね」
「えっ」
「これじゃ……」
「……ケーキが作れませんね……私買ってきましょうか?」
「いいのいいの」
そう言いながら、リビングの方へ向かう。
「雪斗ー!」
「んー?」
「ちょっと買い出しお願いできる?」
「は?今から?」
「どうせ飾り付けもほぼ終わって暇してるでしょ」
図星でスマホを見ていた雪斗は何も言い返せなかった。
「……はいはい」
軽く返事をし、財布とメモを手に取り、外へ出掛けていった。
玄関の扉が閉まる音。
家の中が、少しだけ静かになる。
⸻
「………」
「少し休憩しましょうか」
「はい…」
ソファに並んで座り、ほっと息をつく。
にこにこ顔でこはるを見ている母親。
「どうかしましたか?」
自分の顔に何かついているのだろうか?
気になったこはるが母親に尋ねる。
「うふっ♪うちに娘がいたら、……こんな感じなのかな、って思っちゃってね」
「っ………‼︎」
嬉しさと恥ずかしさで顔を赤くするこはる。
「うふふ♪」
「こはるちゃん料理も上手だしね」
「ま、毎日作っているので……」
「え?毎日?」
「はい。私、家に1人しかいないので」
「……え………こはるちゃんひとり暮らし?」
「はい」
「…………」
一瞬の沈黙。
「そっか………」
そう言ってこはるに近づく母親。
「……偉いわねぇ」
優しく、頭に手が乗る。
「……」
なで、なで。
「ずっと……ひとりで頑張ってきたのね……」
その言葉に、
そしてお母さんの匂い。
それだけで、胸の奥がほどけていった。
こはるとして過ごしてきた時間が、
ふと、肯定された気がした。
一度には受け止めきれない様々な感情に、
気づけば、こはるはぽろぽろと涙がこぼれていた。
「あっ………えっと………」
手で涙を拭うこはるに、
「あらあら……」
驚いたように、でも優しく。
そのまま、そっと抱き寄せた。
「……大丈夫よ」
ゆっくりと、背中を撫でる手。
その温もりに包まれて――
こはるは、静かに目を閉じる。
「……あ、そうだ」
ふと思い出したように、お母さんが動く。
リビングの一角に腰を下ろし、
「おいで」
と、膝をポンポンとし、手招きをする。
その場所を見た瞬間。
足が、自然と動いた。
温かい膝の上。
気づけば頭を乗せていた。
くすりと笑うお母さん。
なで、なで……
(……)
懐かしい……
言葉にはならない感覚が、
胸の奥に、静かに広がる。
こはるはそのまま、
安心するように、
一粒の涙を流した後……
眠りに落ちていった……
「……るちゃん、おやすみ……」
お母さんは、
ただ優しく、こはるの頭を撫で続けていた。
⸻
玄関の音。
ガチャっ
「ただいま」
袋を抱えた雪斗が戻ってくる。
リビングに足を踏み入れ――
その光景で、足が止まる。
母親の膝の上で眠る、こはる。
その頭を、ゆっくりと撫でる手。
「……何やってるんだよ……」
思わず、口から出た言葉。
その瞬間。
⸻
「お母さんただいまー!」
ランドセルを玄関に放り投げ、走ってリビングに入ってくる幼い子供。
リビングでは、お母さんと呼ばれた女性が……膝の上に乗せた、小さな身体を優しく撫でている。
「なにやってるんだよ!」
「しーっ……」
「お母さんずるい!僕も――」
⸻
「………きと。」
「雪斗」
はっと我に帰る雪斗。
「あ、ごめん、なに?」
小さく首を振る。
「こはるちゃんに……布団取ってきてくれる?」
「あ、ああ」
背を向ける。
⸻
「……なんだ、今の」
小さく呟きながら、
そのままリビングを出た。
⸻
ゆっくりと頭を下ろし、布団をかけてあげる母親。
「で、何やってたの?」
雪斗の問いにくすりと笑う母親。
「疲れてたのに……お手伝いなんて悪いことしちゃったわね……」
そう言って再度、頭を優しく撫でる。
「なんか……懐かしい……」
ボソッと呟き、ゆっくりと立ち上がった。
「ん?」
顔を上げて母親を見る。
「最後、準備しちゃおっか」
「ん」
リビングに飾ってあるはるの写真。
その写真立ての縁を、そっと指で撫でる。
そして、静かに台所へと向かっていった。
⸻
しばらくして
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。
重たいまぶたのまま、
身体の力が、抜けていく。
肩の力が落ち、
そのまま、身を預ける。
(……)
安心する。
そのまま、ぼんやりとした視界の中――
ふと、視界の端に指先が映った。
(………わたしの………手………?)
「……あ」
次の瞬間、
意識が一気に引き戻される。
バッと身体を起こした。
(私……え?いつのまに……?!)
再度周りを見渡す。
台所から、母親が姿を現した。
「おはよう、こはるちゃん♪」
満面の笑みの母親。
「ご、ごめんなさい……!お手伝いの途中で……」
「大丈夫よ。こはるちゃんのおかげで、手間のかかる料理や、下ごしらえは終わってたし」
「でも……」
しょんぼりするこはる。
それを見て、また微笑む母親。
「こはるちゃんも疲れてたのね」
「じゃ〜最後の仕上げ……手伝ってもらえる?」
「はい!」
こはるは布団を畳み、母親の後をついていった。
⸻
夕方
ピンポーン
「お邪魔しまーす!」
玄関から、にぎやかな声が響く。
「来たみたいね」
母親が微笑む。
「はいはーい」
玄関へと向かう母親。
賑やかな空気が、部屋に流れ込む。
その中で、
さっきまでの静かな時間は、
何事もなかったかのように、溶けていった。