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気が付くと、俺は知らない部屋のベッドに横たわっていた。
孤児院が燃えていたのは夢だったんだ。
農作業で疲れて眠ってしまったのだ。
そう思い、身体を起こした。
(……違う、ここはどこだ?)
見たことない部屋。
自分の眠っていたベッドもいつもの小さなものではなく、貴族が眠る大きなものだった。
白塗りの壁に、木製の高級そうな家具が綺麗に並んでいる。
孤児院の一室、誰かの村民の家の中ではないことは分かった。
俺はベッドから降り、部屋の中をめぐる。
そこで初めて来た場所だということが分かった。
(孤児院に帰ってたときに、焦げた臭いがして、そこに――)
俺は何故この部屋で眠っていたのか思い出そうとしていた。
孤児院が炎に包まれ、その周りには一緒に育った子供たちの無残な遺体が――。
その光景を思い出した瞬間、身体の震えが止まらず、その場で胃の中にあるものを吐き出した。
口元を抑え、何度も咳き込む。
「お前!?」
部屋の扉が開かれ、若い大柄の男が俺の元に駆け付けた。
男は高級な洋服を身に着けており、トキゴウ村の村人ではない。
彼はその場にうずくまって咳き込む俺に駆け寄り、大きな手で背中を優しくさすってくれた。
「目覚めたんだな」
俺の気持ちが落ち着いたところで、彼は俺に話しかける。
彼は安堵の表情を浮かべていた。
どうやら、彼は俺が咳き込んでいるのを廊下から聞きつけ、この部屋に入ってきたようだ。
「……、っ!?」
(声が、出せねえ!!)
男にお礼を言おうとしたのに、声が出せなくなっていた。
ヒュヒュという息遣いしか発することができない。
「喉は……、斬られていないな。炎で喉が焼けたのかもしれない」
「……」
男は俺の顎を上げ、喉をじっと観察する。
外傷はなく、彼に喉元を触れられると痛みを感じる。
見立て通り、俺は炎の近くを歩き回った。
そこで熱い空気を吸っていたから、それで喉の中が火傷したのかもしれない。
「後で、医者に診てもらおう」
俺はじっと男を見つめる。
この人は誰なんだろうと視線で訴えかけていると、彼は目を丸くしていた。
「なにか言いたいことがあるのか?」
俺は男の手を取り、彼の手のひらに自身の指で文字を書いた。
『名前』と短く。
「な、ま、え……、お前、覚えてないのか?」
男は更に驚いていた。
面識があるような口ぶりだが、俺の知り合いにこのような部屋を持っている金持ちはいない。
首を横に振り、身振りで「知らない」と答えた。
「うむ……、あの光景は悲惨だったからな。記憶を遮断したのかもしれない」
考えた末、男は勝手に結論を出した。
そして、俺を抱き上げる。
「見知らぬ場所に来て戸惑っているのだな。医者に診てもらったら、ゆっくり説明してやる」
この人は俺に害を加える人ではないらしい。
ひとまず、医者に診てもらい、失った自分の声を取り戻さなければ。
そして、自分が何故見知らぬ部屋で眠っていたのか、トキゴウ村の孤児院がその後どうなった聞き出さなくては。
☆
医者の治療の末、一か月後に俺は声を取り戻した。
初めはゆっくりカタコトでしか話せなかったが、その一週間後には普段と変わらないほどまでに回復した。
その間、俺を保護してくれた男に色々なことを教わった。
まず、男の名はカズン・パワー・ライドエクスという。
年齢は二十五歳でライドエクス侯爵家の次期当主。
現在は、騎士団に所属しており、そこで実績を積んでいる最中だとか。
トキゴウ村では孤児院に荷物を届ける任務があって立ち寄っていた。
そこで事件現場に遭遇し、生き残りであるルイスを保護したとか。
カズンは発見した時の俺の様子を「魂が抜けていた」「抜け殻の様だった」と語る。
当時、カズンは現場にいた俺に何個か質問をしたそうだが、まともに答えたのは名前だけだという。力のない小さな声で「ルイス」と呟いたとか。
無論、俺はその時の記憶は全くない。無意識に名をカズンに答えたのだろう。
俺の周りには、残酷な方法で殺された少年少女の遺体が並んでいた。
計、十二体あったらしい。それは孤児院で暮らしていた子供全員であった。
戦闘に長け、任務のため、殺人も犯してきたカズンでさえ、息を呑む光景だったとか。
それを子供の俺が目撃すれば、記憶の一部が無くなるのも仕方ないと同情してくれた。
治療を終え、声が出せるようになった俺はカズンからいくつか質問を受けた。
何故、自分だけ生き残ったのか、襲撃されるような予兆はあったかなど。
当時の事を思い出したくはなかったが、自分を助け、十分な治療と衣食住を提供してくれるカズンのために、悪寒と吐き気を抑えつつ、すべてを彼に話した。
「……なるほど。君は村の農作業をしていたから助かったんだな」
カズンは俺の話をすらすらと紙にメモしてゆく。
「それで、君はこれからどうする?」
「それは……」
「手のかかる息子や娘の世話をしてくれて、妻もとても助かっている。望むのであれば、この屋敷で暮らさないか?」
喉の治療をしている間、俺はカズンの長男と長女の世話をしていた。
彼の妻が元気いっぱいな子供たちの世話で疲れていたのを見て、それを手伝っていたのだ。
俺からしたら、二人の子供は孤児院にいた子供たちとそう年は変わらない。
今では俺の姿を見つけるなり「ルイス! あそぼ!!」と駆け寄るまでに懐いてくれた。
カズンは俺の子守の才能を評価し、屋敷の滞在を許してくれた。
「ここで暮らすのであれば、子供たちと同等の衣食住と教育を約束する」
「……いいんですか?」
「子供たちが成長するにつれて、マナーや勉学の指導も必須になる。世話役として教養を身に着けてもらわねば」
「世話役……」
貴族の家で働いて大金を稼ぐ。
まさか、このような形で俺の夢が叶うとは思ってもみなかった。
当然、俺の答えは決まっていた。
「はい。お子様たちの世話役として、俺をここに住まわせてください」
俺はカズンの提案を受け入れ、しばらく二人の世話役としてライドエクス侯爵家に仕えることになった。
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