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俺が士官学校を目指ざすきっかけとなったのは、カズンの子供たちの世話役としてライドエクス侯爵家に仕えてすぐのことだった。
「ルイス―!!」
主人の部屋を掃除し、ベッドのシーツを新しいものへ取り換える時だった。
俺が仕えるカズンの息子、主人であるオリオンが俺に抱きついてくる。
六歳になったオリオンは、ライドエクス流剣術を父であるカズンから学び始めた。
しかし、遊びと違ってこれは跡継ぎ教育の一環だ。
いつもは優しい父親であるカズンだが、剣術の指導となると厳しい一面をオリオンにみせた。
厳しい父の指導に耐えられず、オリオンは稽古の途中で俺の元へ逃げ出してくることがある。
(オリオンさまの稽古は……、始まってニ十分しか経っていない)
日に日に稽古から逃げ出す時間が早くなっている。
時には稽古をしたくないとぐずり、始める時間が遅くなる時もあった。
「オリオンさま、また稽古から逃げてきたのか?」
「だって、父上がこわいし、けいこはきついし、いたいし……。ボク、ルイスとあそびたい」
カズンの稽古を見学したことがあるが、それは六歳のオリオンではきつい内容だった。
怒声を浴びながら毎日しているのだから、稽古が嫌になって当たり前だ。
俺は仕事を中断し、その場にしゃがみ、オリオンを抱きしめ、彼の頭を撫でる。
「少し休んだら、カズンさまの所へ戻ろう」
「いやっ!! 父上のところへはもどりたくない」
「いいですか、オリオンさま」
俺は世話役としてまっとうな意見をオリオンにした。
しかし、稽古が大嫌いなオリオンは、駄々をこねる。
「少し経てば、オリオンさまは騎士団の仕事で屋敷を出る。だから、稽古は中断される」
「そうなのっ!? 父上の稽古、サボれるんだね?」
「オリオンさまがお休みしている間、カズンさまと話してくるな」
「うん! ルイス、まってるね」
オリオンは引き出しからボードゲームを取り出し、テーブルの上に置いていた。
彼はボードゲームで俺と一緒に遊ぶことが好き。
後は本を読んだりと、身体を動かすのは好きではない。
逆に娘のウィクタールは活発で身体を動かす遊びを好む。
けれども、彼女もピアノやヴァイオリンのレッスンを嫌がっており、姉弟共に似たような問題を抱えている。
もし、それぞれ逆のことをしていたら、二人とものびのび過ごせるのに。
(……そんなこと、世話役の俺が助言することじゃない)
主人たちがやっていることに口出しするのは、使用人として失礼にあたる。
子供たちに懐かれているからという理由で屋敷に置かれ、貴族と等しい生活を送らせてもらっているのに、恩を仇で返すことはしたくない。
けれど、オリオンの稽古嫌いは深刻だ。
それだけは何とかしてやらないと。
俺には少し考えがあった。
☆
「ルイスか」
屋敷の中にある訓練場。
ここには稽古場、武具の収納棚、休憩スペースの他は何もない。
ただ、ライドエクス侯爵家の人間が剣術や体を鍛えるためにある部屋だ。
カズンはそこで木刀を握り、素振りをしていた。
その動きは無駄がなく、彼が実力者であることを物語る。
「オリオンは……、またお前の所に逃げたな」
「はい。稽古に戻るよう促したのですが……、『嫌だ』の一点張りで」
「それで、お前が来たと」
カズンは俺が訓練場に入ってきたのを見て、ため息をついた。
オリオンが俺の元へ泣きついてくるのは、恒例になってきているからだ。
俺はそのやり取りに苦笑を浮かべた。
「無理に稽古に戻すには時間がかかりそうなので、代わりに俺が来ました。カズンさまはそろそろ王城へ向かう時間でしょう?」
「それはそうだが」
「カズンさまが戻られるまで、俺がオリオンさまを説得します」
「……」
カズンは素振りを止め、近くに置いていた布で額の汗を拭きとる。
木刀を決まった場所へ片づけ、使用人が用意した冷やした水を一気に飲み干した。
「息子を甘やかしてくれるな。あやつは将来ライドエクス侯爵家を継ぐ者なのだぞ」
「申し訳ございません」
注意された俺は、すぐにカズンに頭を下げた。
カズンの言う通り、オリオンを甘やかしても何にもならない。
オリオンが俺に泣きついてくる回数が増えるだけだ。
そうすれば、俺の仕事にも支障が出る。
「その……、カズンさまにお願いがあるのです」
「なんだ」
「今日やるはずだった訓練内容を教えていただけないでしょうか」
「なにっ!?」
現状をよくするために俺が考えた手段。
それは、間を挟むこと。
カズンの厳しい稽古の間に誰かが挟まること。
それはオリオンに懐かれている俺にしか出来ない。
「馬鹿者っ、貴様に伝授するわけがなかろう! これは、我がライドエクス家の秘伝ぞっ!!」
「剣技はオリオンさまが授かるもの。ですが、基礎体力向上のためのトレーニングは俺でも受けられますよね」
「それは……、そうだが」
「剣技の稽古には加わりません。ですが、走り込みや筋力トレーニングはカズンさまが不在の間でもこなせると思うのです」
俺の発言にカズンは取り乱した。
それもそのはず。
ライドエクス流剣術は当主になるオリオンしか継げないもの。
それをよそ者である俺が急に『知りたい』と言い出したら、拒否されるに決まっている。
でも、その剣術を体現するために必要な基礎体力を向上させるための訓練は知れるはず。
俺はその訓練をカズンが仕事で不在の間、オリオンと共にこなそうと思ったのだ。
「俺はオリオンさまの世話役です。彼がカズンさまのような立派な騎士になれるよう、支えになりたいのです」
俺は念を押し、カズンを説得する。
「うむ」
難しい顔をして、考え込んでいたカズンが頷いた。
「ルイス、一部の稽古をオリオンと共にすることを命じる」
「はっ」
「訓練メニューについては、用意したらすぐに渡す。その間は、オリオンの相手をしてやってくれ」
「かしこまりました」
カズンは俺に命令を下すと、稽古着から仕事着に着替えるため、訓練場を出た。
(今日から、俺も身体を鍛えられる)
命令を下された俺は、興奮していた。
オリオンがきっかけとはいえ、俺は騎士であるカズンの稽古を受ける機会が与えられた。
ライドエクス侯爵家は騎士を輩出する家。
当然、剣術・武術ともに長けている。
(俺は強くなりたい)
オリオンやウィクタールの世話役ももちろん続ける。
けれど、俺はトキゴウ村の孤児院での出来事を忘れてはいない。
俺と共に暮らしていた子供たちは、火事に巻き込まれて死んだのではない。
村へ避難していたところを、何者かに剣で惨殺されたのだ。
現場を見ていたカズンも俺と同じ答えを出している。
その犯人は今ものうのうとどこかで生きている。
俺はそれが許せなかった。
(強くなって、俺は皆の復讐を遂げるんだ)
唯一の生き残りとして、俺は犯人への復讐を誓う。
この手で摑まえるためにも、俺は強くなりたかった。
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