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実習当日の朝は、空気が少しだけ硬かった。
校門をくぐる前から、同じ制服の生徒たちがいつもより落ち着かない顔をしている。
期待している者もいる。
緊張している者もいる。
遠足気分のまま来たらしい顔もあれば、明らかに不安を隠せていない顔もあった。
叔父の家から来る朝には、もう少しだけ余裕がある。
少なくとも、久城家から学校へ来ていた頃みたいに、家の中ですでに削られきった状態ではない。
それでも今日ばかりは、教室に入る前から妙なざわめきが身体の表面にまとわりついていた。
実習――学校側にとっては授業の延長なのだろう。
だが、ダンジョンというものを“教育の範囲”として管理しようとする発想そのものが、こちらからすればいまだに少し奇妙だ。
集合場所は校舎裏の実習用バス乗り場だった。
教師たちが資料を持って立ち、生徒を班ごとに並ばせている。
安全ベストを配る者、記録端末を確認する者、名前を点呼する者。
形式だけ見れば、かなり整っている。
「はい、班ごとに並べー。勝手に歩くなよ」
「記録端末は班長役が管理。落とすな、壊すな、失くすなよー」
「ビーコンは緊急時のみ使用。興味本位で押したら反省文じゃ済まないからな」
教師たちの声が飛んでいる。
記録端末。
緊急脱出用の簡易ビーコン。
浅層限定の立ち入り区域。
連携、判断、危機管理を含めた成績評価。
ひと通り説明を聞きながら、俺は周囲を見ていた。
浅いな、と思う。
甘いな、とも思う。
もちろん、学校側が何も考えていないわけではない。
未成年をダンジョンへ入れる以上、最低限の安全策は積んでいるのだろう。
だが、その前提そのものが平和だ。
教師は“想定された危険”を前提で話をしている。
決められた導線。
決められた遭遇率。
決められた対処手順。
異常が起きるとしても、管理の中で処理できる範囲の異常。
戦場はそんなふうに動かない。
「――久城くん!」
小さな声がして、視線を向ける。
透花が少し緊張した顔で立っていた。
「班、こっちだよ」
「ああ」
四班の集合位置へ向かうと、理央はすでに腕を組んで立っていた。
いかにも前衛気質の顔だが、今日はいつもより少しだけ硬いように見える。
どうしてなのかわからないが、多分実習そのものへの緊張と、俺と同じ班であることへの気まずさ、その両方なのかもしれない。
少しめんどくさい性格なんだなと感じながら理央を見ていた。
花宮は記録端末の説明紙を見ながら、「思ったよりちゃんとしてるなあ」と軽い声を出していた。
表面上はいつも通りだが、目だけは落ち着きなく周囲を追っている。
多分、あいつなりに怖いのだろう。
「おはよう」
「あ、うん、おはよう」
透花が小さく返す。
「……おう」
理央は短く頷く。
俺は黙って立ったまま、教師の配置を確認する。
四人で並んだ時点で、空気はまだぎこちなく感じた。
理央は前へ出る気でいるが、こちらの様子も気にしていて微妙に落ち着かない。
透花は静かに緊張している。手元の資料を持つ指先に力が入っていた。
花宮は軽口で場を回そうとしているが、実習自体への怖さは隠しきれていない。
俺だけが淡々と周囲を見ていた。
「班行動中は必ず教師の指定した範囲から外れるな」
前方で主任らしい教師が言う。
「今回の実習は浅層限定だ。無理な戦闘は禁止。危険時は自己判断で突っ込まず、まず位置確認と報告。いいな?」
生徒たちの返事が、どこかばらばらに返る。
俺はその声を聞き流しながら、出口位置を頭に入れながら、何度も確認する。
さらに、その教師たち自身も見る。
前に立って説明している男は、言葉に慣れている。実地経験も最低限あるだろう。
その横の若い教師は端末管理に集中していて、周囲を見る余裕が少ない。
後方で生徒列を見ている女教師は視野が広い。多分危険察知はこの中でいちばんまともだ。
自然にそういう見方になる。
授業を受ける生徒としてではなく、戦場に入る前の人間として。
それを隠すことには、もう慣れていた。
「――ねえ」
花宮が小さく声を潜める。
「久城くん、めちゃくちゃ周り見てない?」
「見ろと言われてるしな」
「そういうレベルじゃない気がするんだけど……」
「――気のせいだ」
そう返すと、花宮は「絶対違う」と口の中で呟いていた。
理央が低く言う。
「実習入ったら、まず俺が前に出る」
「出すぎるなよ」
反射的に口から出る。
理央がこっちを見る。
「……分かってる」
「分かってない顔してるんだが」
「お前なぁ……」
「まあまあ」
花宮が小声で割って入る。
「始まる前からやめようよ」
「……別に喧嘩してない」
「今のはちょっとしてたよ、二人共」
幼馴染である透花まで小さく同意した。
班の空気はまだ整っていない、と思う。
だが、最低限の会話は成立している。
そこは前よりましだった。
やがてバスが到着し、生徒たちは班ごとに乗り込んだ。
移動の間も、教師は実習の注意事項を繰り返す。
「今回評価するのは、戦闘力だけじゃない。連携、状況判断、危機管理だ」
「勝手な単独行動は減点対象。判断に迷ったら止まれ、確認しろ」
理屈は間違っていない――間違っていないが、教師の言葉にはどうしても管理できる範囲の危険という前提がある。
ダンジョン前の広場に着くと、生徒たちのざわめきが一段大きくなった。
管理区域内の入口は整備されていて、柵も監視カメラもある。
一般開放の浅層らしく、地上設備まできちんとしていた。
だが、中へ入ればそこはダンジョンだ。
空気の密度が少し違う。
人間の作った地上の匂いに混ざって、地下へ続く冷たい気配がある。
「うわ、本当に来たんだ……すごいなぁ……」
透花が小さく呟く。
「今さら?」
花宮が言うが、声は少し固い。
理央は黙って入口を見ていた。あいつはあいつで、気持ちを前へ寄せているのだろう。
教師が班ごとに記録端末とビーコンを配る。
俺たちの班では花宮が端末、理央がビーコンを受け取った。
「なくすなよ」
「分かってるって」
「お前が一番不安だ」
「うわ、酷い!」
花宮が笑いながらそのように言う。
そんなやり取りの裏で、俺は入口の幅、周囲の壁、非常時に押し戻すならどの位置がいいかを見ていた。
その時だった――胸の奥、契約の気配の向こうで、低い声が響く。
『――主』
声がしたのはルクスだ。
『気配が妙です』
ほんの一言だった。
俺は表情を変えないまま、視線だけで入口の暗がりをなぞる。
だが、この段階ではまだ何も断定できない。
ダンジョン特有の揺らぎかもしれないし、単なる気のせいで終わる可能性もある。
『確証はありません』
今度はリゼットの機械的な声が重なる。
『ですが、違和感があります』
違和感。
それだけなら、切り捨てるにはまだ早い。
だが忘れてもいけない。
「四班、準備しろー!」
教師の声が飛び、俺は班の三人を見る。
そして、俺は入口の闇を見据えた。
まだ確信はない――それでも、何かがわずかに引っかかったまま実習は始まろうとしていた。
コメント
1件
おお、ついに実習編スタートって感じだね! 久城くんが教師陣の力量まで冷静に見抜いてるのが、もう完全に現場目線でカッコよかったわ。透花たちとの距離感もじわじわ縮まってて、そのぎこちなさが逆にリアル。ルクスとリゼットの警告で一気に緊張走ったし、次どうなるか気になりすぎる🔥 戦闘だけじゃなくて班としての連携どうなるのか、じっくり見守りたい。
京太郎@ドラマ部門1位獲得
2,215
#成り上がり
aohana
1,109
#魔法
彼岸花
38