しばらくして麗は、バタ足だけ、多大におまけしての合格点を貰えたが、明彦から次は手の動きだと言われ、トイレに行ってくると逃げた。
今のところ組長の愛人と組の金を持ち逃げしての逃避行をする予定はなく、原因がなければ結果もないため、大阪湾に沈められることもない。
だから、多少泳げなくても麗の人生に問題はないのだ。
そうして、明彦の教育ママっぷりも冷めたかなと思えるころにトイレのある更衣室からプールに戻ってくると明彦がナンパされていた。
明彦の隣を陣取った相手の女性はナンパをするほど自分に自信があるだけあって、スタイルが暴力的な美女だ。
彼女が世紀末救世主だとすれば、麗はヒデブ、と秘孔を突かれて殺される、世紀末のどこで売っているのかわからないトゲトゲした服を着た悪役モブどころか、ボロを着て虐げられている一般人である。
(さて、こんなときどうすべきか?)
1、「オイ、俺の女に何か用か?」と威嚇する。
2、「フラフラと俺以外の前で色気振り撒いてんじゃねーよ! 隙だらけなんだよ、お前は!」と明彦を詰りながら連れ去る。
3、「遅くなって悪かったな。誰? 知り合いか?」とすっとぼける。
4、「こいつ、可愛いだろ。気持ちは解るんだけど悪いな」と明彦の肩を抱いて穏便に断る。
答えは勿論5、放置だ。
自力でどうにかしてくださいコースで決定である。麗はとてもじゃないが少女漫画のヒーローにはなれない。
鬼コーチが捕まっている間に、何秒浮けるか測って一人で遊ぼうかと麗が進路をプールに変えようとしたとき、振り向いた明彦と目が合ってしまった。
明彦が美女に何やら告げ、麗の元に歩いてきた。
「遅かったな」
「ああ、ごめ……」
ん、めんどくさそうだったから、つい。までは言えなかった。
明彦に頬にキスされたせいで。
そう、明彦が周りに見せつけているかのようにキスしてきたのだ。
「行くぞ」
明彦がされるがまま固まっている麗の腰を抱いて、プールサイドのソファに移動する。
丸形のソファにはカップルのために頭上に二人きりの世界を演出するかのような天蓋がついている。
そこに麗は腰を抱かれたまま座ったので、明彦にくっついた状態になった。
「いや、あんなとこでチューせんでもええやん!」
膠着状態から戻ってきた麗は恥ずかしさから怒った。
何故他人に見せつけるようにキスされなければならないのか。
「んー、麗が可愛いからキスしたいなと思って」
一方の明彦は余裕そうに笑っている。
「なっ! 変な言い訳せんといて。人をダシに使わなくてもナンパなんか自力でどうにでもできるでしょうが!」
赤くなっている顔を見られたくなくてプイと麗が反対を向く。
「言い訳だなんて心外だな。麗は可愛いよ。特に目が気に入ってる」
明彦は麗の顎を持ち上げて振り向かせた。
笑うのをやめて真剣な顔をしている。
「麗は、楽しい時にわかりやすいくらいに目が輝いて、見ていて飽きない」
明彦と近くで向かい合うのは、何だか恥ずかしくて、ドキドキする。兄のように慕ってきた明彦の男の部分が見えるようで動けない。
「俺は麗のその姿を見ていると一緒に楽しくなるんだ」
麗は自分の耳にまで心臓の音が聞こえてくる気がした。
(どうしよう? もし、この心臓の音がアキ兄ちゃんに聞こえたら……)
「麗、俺は」
「くっ、クロールの手の動きも教えて」
麗は強引に立ち上がり、プールへ走った。
これ以上見つめ合っていると、どうにかなってしまいそうだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!