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顔を上げた美紅の表情を見て俺はまた体が硬直するほど驚いた。そこにあったのは純のお母さんのそれにも劣らない深い、悲しげな、しかし強烈な怒りだった。普段はもちろん、神がかりの時でさえ、美紅が怒りを顕わにしたのを見た事はなかった。これが美紅の本気で怒った姿なのか? そして美紅もまた血を吐くように叫んだ。
「迫害や差別やいじめならウチナンチューも受けた! 何百年にもわたって受け続けてきた! そう言った!」
今までどちらかと言うと防戦に徹していた美紅が今度は自分から純のお母さんに向けて光る棒をふるった。何度も激しく。そして棒を振り回しながら美紅が叫ぶ。
「江戸時代の初め、薩摩藩に侵略され力づくで属国にされ、何もかも奪われ奴隷のように働かされた! 明治になって琉球王家はヤマトの一存で消滅させられ、大日本帝国の一部とは名ばかり、差別され蔑まれ虐げられる、そんな暮らしは変わりはしなかった! 大戦末期の米軍の侵攻では本土から見殺しにされた。三か月も続いた鉄の暴風……山の形が変わるほどの砲撃と爆撃の下で何の罪もないウチナンチューが何十万人も死んだ。生きのびた者も親を子を家族を失い、家も財産も全て失い、けれどヤマトンチューは気にもしなかった!」
美紅の棒が初めて純のお母さんの体に当たった。彼女はそのままウタキの端の木に叩きつけられる。やっと立ち上がった彼女に美紅の追い打ち。美紅は叫び続ける。
「やっと戦争が終わっても、その仇の米軍に沖縄ごと売り渡され、ヤマトが独立を取り戻した後も憎い米兵に蹂躙されながら生きてきた! 日本に返還されてやっとアメリカ世(ユー)からヤマト世(ユー)に戻ったと喜んだのもつかの間。いつまで経っても基地はなくならず、本土より貧しい暮らしは変わらず、どれだけのウチナンチューが人生を狂わされてきたか! あなたこそ沖縄の何を知っている? ウチナンチューの何を知っている? あたしたちの何を知っているというの!」
美紅の言葉に俺はまた打ちのめされたような気分になっていた。あの陽気で人の良さそうな人たちの住む、何もないけど平和で穏やかな島……俺は美紅を通して沖縄と言う土地をずいぶん理解したように思っていた。でもそれはとんでもない思い上がりだった。
沖縄にそんな悲惨な歴史があったなんて。それに米軍基地の問題は今でも続いている。俺が知ったのは沖縄のほんの一部、それも上っ面の一部でしかなかったんだ。
美紅の光る棒が遂に純のお母さんの肩を直撃した。そのまま棒で地面に体を押さえこむ。その体勢で美紅は純のお母さんにうって変わった穏やかな口調で語りかけた。
「虐げられ、迫害されてきた者同士が戦って何になる? 殺し合って何になるの?」
純のお母さんは棒で地面に押し倒されたまま悔しそうにうめいた。
「きれい事を……愛する者を失った後でも同じセリフが吐けるかどうか、試してやる」
さっき美紅に弾き飛ばされて地面に転がっていたナイフがスウっと宙に浮き上がり、まるで生き物のように俺めがけて飛んできた。あまりのスピードに俺はよける事も逃げる事もできずに棒立ちになっていた。
これまでか? そう思って目を閉じおそるおそるまた開くと、俺の前に誰かが両腕を大きく広げて立ちはだかっていた。それは美紅だった。あの距離からここまで一瞬で移動したのか?だが、あのナイフは美紅の左胸に深々と突き刺さっている!
「おい!美紅!おまえ……」
「大丈夫。ここはウタキの中だからこれぐらいは平気」
美紅は振り向きもせずに平然とした口調で言う。そうなのか。すごいもんなんだな、ウタキの霊力ってのは……
「なぜだ! なぜそこまでしてそんなやつを守る?」