テラーノベル
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純のお母さんがナイフを手に俺たちの方へ歩いて来る。だが、ナイフからはあの青白い光が消えていた。本人の足取りもまるで酔っぱらっているかのようにフラフラしている。どうやら美紅との死闘で超能力パワーを使い果たしたのだろう。美紅が姿勢を変えず身じろぎもせずに答える。
「あたしはまだ子供だから母親の気持ちは分からない。でも家族を愛する心は本土も沖縄も、世界中どこでも同じ。だから。ただ、それだけ」
美紅まであと数歩という所まで近づいた純のお母さんはそれでもナイフを振り上げ、しかし美紅の方を見てだらりとその腕を垂らした。
「小娘……あんたは……」
なにか心底から驚いたように見える。純のお母さんは何をそんなに驚いているんだ。そして俺の横から妙な声が響いた。
「もうよいであろう……刃を収めよ」
それは俺の母ちゃんだった。だが……違う!姿形は母ちゃんだが、何かが違う。そう、何かが乗り移っているような……その母ちゃんの姿をした何かは俺に向かってこう言った。
「人の子よ。しばし汝の母の体を借り受ける。私は女の体を媒介にしなければ人の世に姿を現す事ができぬゆえ」
そしてそれは純のお母さんのすぐそばへ歩み寄り、そして全身からすさまじくまばゆい光を発した。目を開けていられないほどのまぶしい光に母ちゃんの体は飲みこまれ、そしてその光は別の何かに形を変えた。
まるで光が密度を増して固まっていくかのように、広がっていた光がある形へと収斂していく。そしてそこには、頭からすっぽり布をかぶった人物のような姿があった。純のお母さんが口をポカンと開いたまま手からナイフを取り落とす。
俺も気がついた。そう長崎で俺もあれを見た。それはマリア観音の姿だった。だが、何かの像としてじゃない。光で出来た動く神の姿として、それはそこに存在していた。純のお母さんが地面に両膝をつき両手を合わせてつぶやく。
「マリア様……」
もう光はまぶしくて目を開けていられないという程強烈ではなくなっていた。その代わりに何か体の奥から温まるような不思議な波動のような物を感じるようになった。マリア観音は穏やかな口調で純のお母さんに告げる。
「母たる者よ、これを見るがよい」
するとマリア観音の周りの空中にまるで立体映像のような光景が一つまた一つ、出現した。全部で六つ。そしてそれは俺と同じぐらい年の男の子の死体にとりすがって号泣している女の人たちの姿だった。その中に俺は自分が知っている顔を見つけた。
死体のうち二つは悟と隆平だ。他の四人もなんとなく面影に見覚えがあった。きっとあれは純のお母さんに殺された俺の小6の時のクラスメートだ。隆平の遺体にとりすがって泣いている人には俺も直接会っている。あれは隆平のお母さんだ。やがてその宙に浮かんだ映像はそれぞれの母親の顔にズームアップしていく。
「母たる者よ。子を失った女の悲しみの深さは私が誰よりもよく知っておる。また、その者たちは人として許されぬ罪を犯した。されば汝を責めようとは思わぬ……だが、汝は自分と同じ悲しみを背負う母親を同じ数だけ作り出した。これもまた汝の望んだ事であったか?」
純のお母さんは地面に突っ伏して「ウウッ」と慟哭の声を上げる。マリア観音は身をかがめ胸元からやはり光の塊で出来た赤ん坊を取り出した。それは見る見るおおきくなり、やがて少年の姿になる。
俺はそれを見て絶句した。光に包まれてはいたが、それは純だった。小六の頃の、あの頃の姿のままの純だった。光で出来た純はマリア観音の手から地面に降り立ち自分の母親のそばへ駆け寄る。マリア観音が続けて純のお母さんに言う。
「汝を別の時代の別の世界に送ろう。そこで人としての生をもう一度やり直すがよい。汝の息子もそれを望んでおる」
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