朝起きて、ビジネスホテルの一階で簡易な朝食をいただいていたとき、倫太郎が冨樫に向かい、言い出した。
「今日は壱花は会議に行かずにあやかしを探すから」
「はあ……まあ、どっちでもいいですけど」
と冨樫は言う。
……いてもいなくてもどっちでもいいと言われるのは会社員として寂しいような、と思いながら、壱花はチンしてきたロールパンにマーガリンとジャムを絞り出していた。
「なんで急にそうなったんですか」
と昨夜、店には来られなかった冨樫が倫太郎に事情を訊く。
「いや、それが俺にもよくわからないんだが。
誰かが俺を呼んだんで振り向いたら」
いや、呼んでたのはオウムで。
呼ばれていたのは、ドMの人ですよ、と思いながら聞いていると、
「壱花が高尾に手を握られていて、いつの間か、あやかしを探しに行くことになっていた」
と淡々と言ってくる。
「いや、よくわからないがって、社長、話全部聞いてたんじゃないんですか?」
「近くにはいたが、聞こえてはなかった。
俺はガムを探してたから」
と言う倫太郎に、
……やっぱり、ガム探してたのかと苦笑いする。
まあ、それはともかくとして。
「いいんですかね?
仕事で来たのに、そんな呑気なことしてて」
と壱花は訊いたが、倫太郎は、
「いやいい。
お前、いてもいなくても変わりないから」
とちょっと苦い珈琲に顔をしかめながら言ってくる。
……いや、そうなんですけどね。
そうなんですけど。
言うことがドSですよね、やっぱり。
……それとも実はやさしいんでしょうか?
私が遠慮なく美園さんを探しにいけるように言ってくれてるとか?
と思いながら、倫太郎を窺っていると、倫太郎は、
「無茶はするなよ。
俺も後から行くから、連絡つくようにしとけ。
あと、あの山、電波通じるのか」
と言ったあとで、沈黙する。
「待て。
やっぱり行くな」
と言ってきた。
「お前には最中探しを命じる」
「は?」
「会社への土産にもするから。
千代子さんと美園さんへの土産も入れて、六箱くらい買っとけ。
あとはこれ」
と足下に置いていた大きな茶色の紙袋を渡してくる。
「店から持ってきたから、あやかしたちに訊いて歩くときの手土産にしよう。
スーツケースは駅のロッカーに入れとくが、これはお前が持っとけ。
ともかく、俺たちが戻ってくるまでは待ってろよ。
お前ひとりで山をうろつかせたら、迷子になりかねん。
後から捜索する方が面倒だ」
「あ、ありがとうございます……」
と言いながら、その袋の中をみると、駄菓子がいっぱい詰まっていた。
壱花の方がいつも起きるのが遅いので気づかなかったのだが、倫太郎はこれを持って飛んだようだった。
倫太郎がコーヒーカップを手に立ったので、
「あっ、私が行ってきますっ」
とおかわりを取りに行こうとしたが、
「いや、いい。
自分で行くから、さっさと食え、お前ら」
と言って、倫太郎は自分で取りに行ってしまう。
……やさしいのかな、どうなのかな。
口調はいつも見下すような感じなんだが……と思いながら、浮かした腰を下ろし、言われた通り、パンを食べ始めると、横から冨樫が言ってきた。
「……社長、実は、ちょっとはお前に気があるのかな」
「ええっ?」
「まあ、気のせいだろうな」
と言うだけ言って、すぐに否定し、自分もカップを持って立ち上がる。
……社長が私を。
まあ、ないと思うが、と思いながら、冨樫とドリンクコーナーの前で話し出した倫太郎を見たが、ちょうど目が合った瞬間、蔑むようにこちらを見てきた
……気がした。
まあ、妄想だろうが。
でも、ないな~……、やっぱり、と思いながら、今度は、ふわとろスクランブルエッグにケチャップを絞り出す。
戻ってきた倫太郎に、
「まだ食ってんのか、早くしろと言ったろうっ」
と怒鳴られながら。
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