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「――少々、おふざけが過ぎるのではなくて?」
(ふざけんじゃないわよ!! あの鬼社長──ブラック皇帝め……!)
夫婦の寝室へ現れたカイル殿下を前に、私は扇を叩きつけんばかりの勢いで問い詰めた。
「報奨金はゼロ。そのうえ追加の残業――いえ、貧民街の救済事業まで押しつけられるなんて、あまりにも理不尽ではございませんこと?」
「ソ、ソフィア……。言葉を慎め。外へ聞こえるではないか」
「あら、聞こえて何か不都合でも? あなたのお父様でしょう。何か進言してくださってもよろしいのではなくて?」
(予算だけ丸投げして、『あとはよろしく』だなんて。ブラック企業もいいところよ!)
カイル殿下は困ったように眉を下げ、ベッドの端へ腰掛けた。
「……致し方なかろう。父上は一度決めたことを、梃子でも曲げぬ頑固者なのだ」
「それで納得しろと?」
「だが、お前一人に背負わせるつもりはない。視察も計画も、俺が共に行う。必要な人員もこちらで手配しよう」
思いがけず真面目な言葉が返ってきた。
(……口先だけではなく、きちんと協力してくれるみたいね)
「実は以前から、お前になにか贈りたいと考えていた。宝石でもドレスでも、欲しいものがあれば言ってみろ。公爵家で育ったお前には、珍しくもないだろうが……」
カイル殿下は、気まずそうに視線を泳がせた。
「だが、女性が何を喜ぶのか、まるで分からない。ローズガーデンでようやく咲いた青い薔薇を部屋まで持っていったのだが……」
「え?」
「何も言ってこないから……気に入らなかったのだろう?」
(……え?)
今朝の出来事がよみがえる。
「まさか、扉の前に置かれていた青い薔薇……殿下からだったんですの?」
「そうだ」
「カードも何もありませんでしたから、どなたかの落とし物だと思って……。アンナが、持ち主が現れるまで使用人部屋に飾っておこうと……」
「…………」
カイル殿下の肩が、目に見えてがっくりと落ちた。
「どうして部屋へ入って、直接渡してくださらなかったんですの?」
「それは……」
カイル殿下は、ひどく言いにくそうに目を伏せた。
「昨夜、夜間訓練のあと、お前の執務室へ行った」
「え……?」
「お前は眠っていたから、起こさずに帰った。だが、その……髪に触れて、口づけた」
(髪へこっそり口づけるなんて……この人、どこぞの恋する乙女よ!)
「今朝、花束を持って再び部屋へ行ったとき、お前とアンナの会話が聞こえた」
「髪についた匂いを、今すぐ洗い流したいと話していただろう。昨夜は訓練帰りだったから、俺の匂いが移ったのだと思ったのだ」
「……は?」
「近づかれること自体、嫌なのかと……。だから、花束だけ置いて帰った」
「どうして、そうなるんですの!?」
「これでも今日は、薔薇の香油を入れた風呂に三度も浸かったのだが……。それでもまだ、気になるか?」
「三度も!?」
謁見室で、やたらと薔薇の香りが強かった理由はそれだったらしい。
「あれは疲れのせいか、最近、私の鼻が少し敏感になっているだけですわ。殿下の匂いが嫌だったわけではありません」
「本当か?」
私はカイル殿下の隣へ座り、その背中へ腕を回した。
「ええ。本当に嫌でしたら、こんなふうに近づいたりしませんわ」
安心させるように、背中をそっと撫でる。
「ただし、薔薇の香油のお風呂は一日一回で十分です。これでは香りが強すぎますわ」
「……そうか」
カイル殿下は、心底安堵したように息を吐いた。
(まさか、本気で悩んでいたなんて……)
「あの薔薇、本当に綺麗でしたわ。青い薔薇が咲いている場所へ、連れていってくださらない?」
「あの薔薇は、ローズガーデンの奥にある温室で育てている」
「温室?」
「ああ。少し前、お前のために建てさせた」
カイル殿下は、照れくさそうに目を伏せる。
「今朝の花束は、そこで最初に咲いた薔薇だ。本当は、すべて咲き揃ってから見せるつもりだった」
「まさか……」
「温室も含めて、お前に贈るつもりだったのだ」
(花束どころか、温室ごと!?)
(この人、女性への贈り物に慣れていなって割に、規模がおかしくない!?)
コメント
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第30話、読み終えました。 青い薔薇の贈り主がカイル殿下だったという真相、なるほどそう繋がるのかと膝を打ちました。何より「匂いを嫌がられた」と誤解して三度も薔薇風呂に入ったというすれ違いが可愛らしくて。しかも花束どころか温室ごと贈るつもりだったって…規模がおかしい(笑)。ブラック皇帝への不満を述べつつも、ちゃんと歩み寄ろうとする二人の距離感がじわじわ縮まっていくのが良いですね。