「はい、本当にそう思います。笹岡さん、素敵です」
玲伊さんは「うん」と頷き、わたしを包んでいた腕をほどいた。
そして、肩をそっとつかむと、額と額を合わせて、そっと呟いた。
彼の吐息を間近に感じ、わたしの体から、また力が抜けていきそうになる。
「本当はこのまま連れて帰って、ずっと一緒にいたいけど……ちゃんとご両親や藍子さんに許可を得てから付き合いたいんだ」
「玲伊さん……嬉しいです」
だから、今日はこれだけ……な。
そう囁いて、首を傾けて唇を重ねた。
あのときは、彼の唇の感触がひどくつらく感じたけれど。
今は……
このまま時が止まってしまえばいいと思うほど、幸福だった。
***
その週の週末。
玲伊さんはレストラン〈ルメイユール・プラ〉の個室に、わたしの両親と祖母、そして兄を招いてくれた。
約束の1時間前に呼び出されていたわたしは、玲伊さんの部屋でフルメイクをしてもらい、髪はシニョンにまとめてもらった。
そして、例の衣装部屋に保管されていた、清楚な印象のオフ・イエローのワンピースを借りて、着替えた。
「よし、行こうか」
玲伊さんはネイビーの三つ揃えにアイスピンクのネクタイというフォーマルないで立ちで、またもや、くらくらするほど素敵だった。
彼にエスコートされて、個室に入っていくと、うちの家族全員、わたしの変身ぶりに目を丸くした。
「優紀さんとの交際を認めていただきたい」と頭を下げる玲伊さんに全員が恐縮した。
まず口を開いたのは母だった。
「でも、香坂さん、本当にうちの優紀でいいんですか。香坂ホールディングスのご令息ですのに」と確かめるように聞いた。
玲伊さんは笑みを絶やさず「私は心から彼女を愛しています。どうしても、そばにいて欲しい」ときっぱり答えてくれた。
実の親子なのに、祖母とは正反対の性格で、慎重で懐疑的な物の味方をする母も、玲伊さんの、あまりにもストレートな肯定の言葉に、それ以上、何も言えなかった。
「ほら、優紀。あたしが言ったとおりだったろう」と祖母のほうは得意満面だ。
「しかも玲ちゃんがあたしの孫になるかもしれないって話だろう。いやぁ、めでたい、めでたい」
わたしは慌てて言った。
「おばあちゃん、気が早すぎるって」
でも玲伊さんは「私もとっても嬉しいですよ。藍子さんの孫になれたら」と、いともあっさり答えてくれた。
「じゃあ、玲伊が俺の弟ってこと? なんかぴんと来ねえな」
「まだ早すぎるって、そんな話」とわたし一人、顔を真っ赤にしていた。
父が穏やかな口調で言った。
「あまりにもありがたい話でして、正直、まだ驚いてますが、いや反対する理由なんてあるはずがないですよ」
「どうもありがとうございます」と玲伊さんはもう一度頭を下げた。
「優紀が悩みを抱えて沈んでいたころは、わたくしどもも大変心配しておりましてね。でもお義母さんから見違えるように元気になってきたと聞いて、ほっとしていたところでした。あなたのおかげだったんですね。改めて礼を言わせてください」
その言葉に、家族全員が頷いた。
噂にたがわず、ディナーはどれもすばらしいものだったけれど、残念ながら味はよく覚えていない。
帰り道、母だけはまだ信じられないようで「でも、なんでうちの優紀が。あの、香坂玲伊さんが。いや、嬉しいのよ、とっても嬉しいんだけど」と首をかしげていたけれど。
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