テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あの週末の下見から数日。
泉は正式に陸上部のマネージャーとしての仕事を増やしていた。くるみ先輩の背中を追い、必死にタイムを測り、選手たちの体調に気を配る。
「……茅野、ここのラップタイム、少しズレてないか?」
「あ、ごめんなさい優くん! すぐ修正するね」
学校生活は、陸上部を中心に回り始めていた。
陸が自分に向けてくれる「特等席で見せてやる」という言葉。それが今の泉を支える一番の光だ。けれど、その光が強ければ強いほど、周囲に落ちる影もまた、色濃くなっていく。
「……ねえ、最近あの子、調子乗ってない?」
「陸くんの特別枠みたいな顔しちゃってさ」
教室の隅から聞こえる、ひそひそ話。
泉はそれを聞こえないふりをして、球技大会のシフト表を握りしめた。陸を支えるということは、彼に向けられる無数の視線と、その裏にある感情も引き受けるということなのだ。
そして迎えた、球技大会当日。
体育館は熱狂の渦に包まれていた。
「――っし、一本!」
コートの中で、陸が鮮やかな3ポイントシュートを決める。
割れんばかりの歓声。女子たちの視線が陸に集中する中、泉は必死にボトルの補充に走り回っていた。
(大丈夫。私は、陸くんを支えるって決めたんだから……)
自分に言い聞かせながら、コートサイドで一息ついた、その瞬間だった。
「……ちょっと、茅野さん。いいかな?」
クラスの女子数人が、泉を体育館の隅へと促した。
少し前、陸が泉の頬を指先で拭っていたのを、彼女たちは見逃していなかった。
「陸くんと最近よく一緒にいるよね? マネージャーだからって、ちょっと近すぎない?」
「陸くんって誰にでも優しいから、勘違いしちゃう子って見てて痛いっていうか。気をつけてあげたほうがいいよ?」
親切を装った、けれど明確な排斥。
逃げ場のない隅に追い詰められ、泉がボトルのキャップを指が痛くなるほど握りしめていた、その時。
「……おい。耳障りなんだよ」
低く、ナイフのように鋭い声が割って入った。
いつの間にか戻ってきていた優が、冷徹な眼差しで女子たちを見下ろしていた。
「あ、優くん……! 違うの、別に変な意味じゃ……」
「お前ら、他の奴に嫉妬する暇があるんだったら、陸に好きになってもらえるような努力でもしたらどうだなんだよ。 他人の動向伺ってる間は、絶対無理だと思うけど」
優の放った正論は、凍りつくような静寂を招いた。
女子たちが顔を真っ赤にして去っていく中、優は泉に視線を向けることなく、無造作にタオルを首にかけた。
「……立てよ、茅野。いつまでそんな顔してんだ。あいつが喉乾かして待ってんだろ。さっさとボトル持ってけ」
「優くん……。……うん、ありがとう!」
泉は走り出した。
その背中を、優は苛立ち混じりの視線で見送り、遠くでまた女子に囲まれている陸を睨みつける。
「……馬鹿が。自分で撒いた種くらい、自分で刈り取れよ」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!