テラーノベル
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体育館の喧騒から逃れるように、泉は重い鉄扉を押して屋上へと出た。
湿った熱気から解放され、初夏の風が火照った頬を撫でる。
「……はぁ」
小さくため息をつき、泉はフェンス際に座り込んでお弁当を広げた。
さっきの優の言葉を思い出す。助けてくれたのは嬉しいけれど、あそこまで強く言わなくても……という戸惑いと、何より「他人の動向を伺っている間は無理」という言葉が、自分にも突き刺さっているような気がして。
「……何だ。お前も避難か」
不意に頭上から降ってきた声に、泉は肩を跳ねさせた。
見ると、給水タンクの影、風通しの良い特等席に、優が腕を枕にして寝転んでいた。
「あ、優くん……。ごめん、一人になりたくて」
「勝手にしろ。ここは俺の私有地じゃねーよ」
優は目をつぶったまま、ぶっきらぼうに答える。
沈黙が流れるが、それは下の体育館の騒がしさに比べれば、驚くほど心地よいものだった。
「……さっきは、ありがとう。その、言い方は怖かったけど……」
「……礼を言われる筋合いはねーよ。事実を言っただけだ」
優は片目だけを開けて、泉を斜めに見下ろした。
「お前、あんな奴らに何言われてもヘラヘラすんな。……おどおどしてるのも、あいつらからすれば『弱み』に見えるんだよ」
「……分かってるんだけど、難しいよ」
泉が膝を抱えると、優は「……フン」と鼻を鳴らして、再び目を閉じた。
「――なんだ、お前ら二人でこんな所にいたのか」
扉が開く音と共に、弾んだ声が響く。
そこには、制服のシャツを腕まくりし、いつも通りの「余裕」の笑みを浮かべた陸が立っていた。
「陸くん、どうしたの?」
「どうしたのも何も、泉がいねーから探したぜ。優も一緒だったのか。抜け駆けかよ」
陸はそう言って、泉の隣にごろんと寝転がった。
その動作一つをとっても、陸には自分の居場所を疑わない、圧倒的な肯定感がある。
「抜け駆けなわけねーだろ。……おい陸、お前の取り巻き、どうにかしろ。茅野が絡まれてたぞ」
優が起き上がり、座ったまま陸を睨みつける。
陸は空を見上げたまま、少しだけ笑みを消した。
「……ああ、知ってる。さっき、あいつらに釘刺しといたわ」
「えっ……?」
泉が驚いて陸を見ると、彼は少しだけ決まり悪そうに頭を掻いた。
「『俺のマネージャー、困らせんなよ』って。……あはは、余計なお世話だったか?」
陸の言葉は、相変わらず優しくて、完璧だ。
でも、その「俺のマネージャー」という言葉に、優は微かに眉を動かした。
「……お前のそういう『誰にでも向けられる正義感』が、一番厄介だって自覚しろよ」
優は立ち上がり、制服のズボンの砂を払う。
「……茅野、次からは自分で言え。……陸、午後の決勝、遅れんなよ」
優はそのまま、一度も振り返らずに屋上を去っていった。
残された陸と泉。
陸は再びいつもの余裕を取り戻したように笑い、「あー、腹減った! 泉、おかず一個ちょうだい」とはしゃいでいる。
でも、泉の心には、陸の優しい言葉と同じくらい、優の突き放すような、けれど自分の足で立てと言わんばかりの鋭い言葉が、熱を持って残っていた。
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