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「――大丈夫でしたか?」
「あ、あの……。助けて頂きまして、ありがとうございます……」
気絶した暴れ猪にとどめを刺したあと、襲われていた女性に声を掛けると、力が抜けた声でお礼を言われた。
怪我は無いようだし、それは不幸中の幸いかな。
そのまま少し言葉を交わしていると、村人が少しずつ集まり始めた。
女性の悲鳴と戦いの音を聞いてやってきたのだろう。
「おお、リゼ! 大丈夫だったかい!?」
「村長様……! はい、こちらの方々に助けて頂きました」
「それはそれは……。ところで、あなた方は一体?」
「はい、メルタテオスの冒険者ギルドで暴れ猪の討伐依頼を受けて来た者です。
来た早々にこの方の悲鳴が聞こえてきたので、そのまま討伐してしまいました」
「おお、依頼を受けてくださったのですか。
本当にこの暴れ猪には困っておりましてな……。いや、本当に助かりました」
「それは何よりです。
えーっと、暴れ猪の牙は証拠品として持ち帰らないといけないのですが、それ以外はどうしましょう?」
「必要な部分が無ければ、このまま置いていって頂いて構いませんぞ。
ほっほっほ、今日は皆で猪パーティですな」
「あ、食べるんですね……」
「この猪には、せめてそれくらいの償いはしてもらいませんと。
あなた方も今晩、ご一緒にいかがですか?」
今晩か……。
お呼ばれしたい気も少しはするけど、ジェラードからミスリルの報告を聞かないといけないからね。
「すいません。今晩は用事がありまして……」
「そうですか、それは残念です……」
「はい、残念です……」
……村長さんに、即座に同意するエミリアさん。
さすが食べ物ネタ、簡単には見逃してくれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エミリアさんの目が何かを物語っていたので、とりあえず暴れ猪のお肉を分けて頂きました」
村長さんは何かを察したあと、手際よく暴れ猪を解体して、私たちに肉の一部を譲ってくれた。
『美味しく食べてください、特にあのプリーストさんに』……という言葉まで頂いてしまって。
「え……? わ、わたしのせいですか?」
「はい、十中八九……というか十、エミリアさんのおかげです」
「それでは今日は、猪パーティですね!」
「切り替え早っ!」
私の驚きをよそに、エミリアさんは嬉しそうに微笑んでいる。
くそう、その笑顔はズルい……!
「アイナさん!
ジェラードさんもご招待して、今日は打ち上げパーティをしましょう!」
「え? 何の打ち上げですか?」
「もちろん、ミスリルのですよ!」
「あ、なるほど。
ジェラードさんが上手くやってくれていれば、確かに打ち上げが出来ますね」
「はい! 猪なんて久し振りなので、とっても楽しみです!
みんなで美味しく頂きましょー♪」
「ところで猪のお肉って、どうやって食べるものですか? 私はあんまり食べたことが無くて……」
元の世界では何回か食べたことはあるんだけど、何だか固かった気がする。
そのときはあまり美味しいとは思わなかったんだよなぁ。豚肉や牛肉よりも、クセが強かったし。
「そうですね。焼いたり煮込んだり……っていうのがやっぱり一般的でしょうか」
「宿屋の食堂に戻る頃にはもう夜でしょうし、煮込み料理は難しそうですね……」
「では焼いたお肉をみんなで頬張りましょう! わたしは焼いたのも大好きですよ!」
「あはは……。
ところでお肉を持ち込んだら、食堂で調理してくれるものですか?」
元の世界だと、基本的にそういうのは無いからね。
馴染みのお寿司屋さんとかだったら、魚持ち込みでやってくれるみたいなことは聞いたことがあるけど。
「お金を払えばやってくれますよー。
もちろん、忙しいときは断られるとは思いますけど」
「それじゃ、まずはお願いしてみましょう。
……といったところで、そろそろ帰りますか!」
「「はい!」」
村での休憩を終えて、村長さんを始め何人かと挨拶を交わしたあと、私たちはメルタテオスへの帰路に着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メルタテオスの冒険者ギルドに戻ったときには、辺りはすでに暗くなっていた。
帰り道、それなりに急ぎはしたんだけど……何せ、歩きだったからね。
「それでは、依頼の報告をしてきます」
「はーい、よろしくお願いします。その間にわたし、依頼の掲示板を見てきますね」
「あ、そうですか?
それじゃルークも、気になるものが無いか見てくれない?」
「分かりました。エミリアさん、参りましょう」
「いってきまーす♪」
メルタテオスでは積極的に依頼を受けるつもりは無いけど、どうしても受けないというわけでも無い。
少し脇道に逸れると急にレアっぽいものが見つかる場合もあるから、日々しっかりアンテナを張り巡らせておかないと。
……さてと。それじゃ、私は報告をしちゃいますか。
報告の窓口は……あそこかな。
「すいません、依頼の報告にきました」
「ありがとうございます。
冒険者カードと証拠品のご提示をお願いします」
「これが冒険者カードと……、それと証拠品は暴れ猪の牙を2本持ってきました」
「お預かりします。そちらで少々お待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
近くの椅子に座って一休み。
メルタテオスで依頼の報告をするのは今回が初めてだけど、やっぱり事務的な対応だなぁ。
……はぁ、クレントスのケアリーさんが懐かしい。
そういえば、ケアリーさんは元気でやっているかな?
ヴィクトリアから変なちょっかいを受けていないかな?
ぼーっとしていると、クレントスでの出来事が色々と思い出されてきた。
離れてしばらく経つけど、何だかとても懐かしい……。
クレントスも、ヴィクトリアがいなければ居心地は良かったからなぁ……。
神器を作ったらクレントスに戻ろうとは思っていたけど、今この時点で、無性に戻りたい気持ちが生まれてきてしまった。
もしかして、これがホームシックってやつ……?
「……ホームシック、ねぇ」
考えてみればこの世界に転生して以来、元の世界に帰りたい――
……みたいな気持ちが生まれたことが、まるで無いんだよね。
『元の世界に帰りたい』っていうのが、本来のホームシックだろうし。
でも元の世界では仕事はアレだったし、寂しい独り暮らしだったし……。
ついでに言えば、恋人とかもいなかったしね。ふふふ……。
「――アイナ・バートランド・クリスティア様。
大変お待たせいたしました」
「あ、はい!」
「依頼の達成を確認いたしました。こちらが今回の報酬、金貨3枚になります。
それではまた、他の依頼もよろしくお願いいたします」
「ありがとうございました!」
報酬の金貨3枚をお財布に入れて、報告の窓口を離れる。
……うーん。それにしても、やっぱり最後まで事務的な対応だった。
何だかこう、感動の共有が無いというか、達成感が無いというか……。
でも金銭的な意味では、稼いだ実感があるんだよね。
錬金術で凄いものを作った方がお金はたくさん手に入るんだけど、そっちはむしろ実感が湧かないというか……。
実際のところ、私の行動とその対価が釣り合ってないせいなんだけど……。
凄いアイテムを一瞬で作れてしまうし、錬金術を修得するために長い時間を掛けたというわけでもないし……。
「……まぁ、難しいことはいいか。今の生活、私は好きだもん」
今、私は自由に異世界の冒険を楽しんでいる。
基本的には上手くいっているし、素敵な仲間もたくさんいる。
それだけで、十二分に充実している証拠になるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、戻ってきたエミリアさんとルークに合流した。
「アイナさーん、掲示板を見てきましたー♪」
「お帰りなさい! 良いものはありましたか?」
「ありませんでしたー♪」
なかったんかーい!
……というツッコミは、心の中にしまっておいて。
「ルークも、特に無かった?」
「条件が良いのはそれなりにはありましたが、内容としては特段変わったものはありませんでした」
「ふむふむ。それじゃ素直に、帰るとしますか」
「はい! アイナさん、戻ったら猪パーティですよ!」
「そうですね、食堂の人にお願いしないと!」
「そして今日はアイナ様の本命、ミスリルの報告がありますからね。
上手くいっていると良いのですが……」
「私も期待半分、心配半分かな。失敗するとは思ってないけど……。
でも、どうなっているかはやっぱり不安だなー」
「では急いで宿屋に戻りましょう! ジェラードさんが待っているかもしれませんし!」
「そうですね! でも走らないでくださいよ、私遅いんですから!」
「分かりました! ゆっくり急ぎましょう!」
えっと、それはどういう……?
……まぁいいや。気持ちだけは、急いで帰ることにしよう。