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#ファンタジー
芙月みひろ
94
設楽理沙
1,542
部屋に響くアラームの音で、私は目を開く。今日は土曜日。楽しみで一睡もできなかった。午前7時、カーテンを開けると土砂降りの雨だった。髪の毛、跳ねちゃうとやだなと少し悲しくなるけどそんなの気にしてられない。
まだ家族は寝ていて、静まり返ったリビングでトーストを頬張ってから、いつもより丁寧に歯磨きをする。
「おはよ。今日早いねー?」
「…おはよ」
不機嫌そうにそう言ってから、また2階へ上がっていく姿を見て笑ってしまった。この人、朝は弱いんだ。ナチュラルなメイクをしてから、私は昨日までに頑張って選んだ夏らしい、白いワンピースに薄手でショート丈のピンク色のカーディガンを羽織る。
髪に少し癖がついてしまっているから、今日はお団子で行こう。SNSを参考にしながら、ツインお団子を試してみたけど、あんまり似合ってない。時間がないから、もう家を出なければ行けない。仕方ないけど、今日はもうこれで行こう。
待ち合わせは午前10時、浮かれてしまっていて私は20分も前に駅に着いてしまった。
「悪い、待った?」
後ろから聞こえる声が、蒼眞の声だとわかった途端嬉しくてにやけてしまう。
「全然待ってないよ」
時計を見ると、15分前。蒼眞は、黒いシャツに、黒いワイドパンツを履いている。いつもと違う、私服姿は一段と輝いている。
「ちょっと早いけど、行こ!」
私はそう言って、蒼眞よりも先に歩く。隣を歩くのが、どうしてか分からないけど照れ臭くて仕方がない。深呼吸をして、言い聞かせる。私は、蒼眞の幸せを願うだけで自分の恋など、どうでもいいんだって。
「ちょっと、人多いんだから一緒に歩いて」
不服そうに蒼眞は私の隣に来る。ごめんねと謝って素直に従ってみるけど、やっぱり胸が高鳴ってしまう。聞こえてないといいな。
「そういえば、どんな夢を見るの?」
「同い年くらいの髪の長い女の子が泣いているんだ。俺はその子に大丈夫?って毎回聞くんだけど、何も答えてくれない。その代わり、一輪の花を俺に渡して『待ってるからね』って」
蒼眞の表情は、明るかった。まるで、その子を心の底から想っているような、そんな表情。
「しばらくすると、その子は消えて、別の女の子が出てくるんだ。2人ともハッキリ顔は見えないけど、すごく似ている」
「まさかの2人?ねえ、探すのすごい時間かかりそうじゃない?」
私は、蒼眞に笑ってみせる。本当は、胸の奥がすごく苦しい。私じゃない、誰かを思っている姿を見るのは思ってた以上に辛いものなんだね。そんな事を話しているうちに、指切り姫展の会場に着いた。
「今日私をここに連れてきてくれてありがとう」
「…綾愛に__」
「ねぇ蒼眞、このお話実話だったの?!」
受付をして、初めに入ったスペースには、大きな看板が飾られていた。
“自由を選んだ代わりに、大切な人の死を味わい、愛を選んだ代わりに、自ら死んでいったお姫様はどんな人生を送ってきたのでしょうか?”
そんな問いかけの下には『指切り姫はノンフィクションですが、残された資料が少ないため、本によって内容が異なっている場合が多いです』と注意書きがされていた。
「知らなかった…」
「お母さんが、昔この話を少し教えてくれたけどそうだったんだ」
「蒼眞、知ってるの?」
「うん、残酷な話だよね。残された王子もどんな気持ちで生きてたんだろって幼いながら思ってた」
次のスペースには、お姫様が遺した物が並んでいた。日記帳や、アクセサリー、どれも何百年も経っているからボロボロになってしまっているけど綺麗だったんだろうな。訳された日記の一部は、お姫様の苦痛ばかり書かれていた。
少し進むと、小さな看板がある。
“お姫様が亡くなってすぐ、王子様の姿が見えなかった”
お姫様が亡くなってから、一緒にいたはずの王子様はしばらく姿を見せなかったらしい。どこを探してもいなかったのに、急に戻ってきて、悲しみを周りに見せることなく、王子様は国のために一生懸命働いたと書かれている。
透明なボックスには何も入っていない。そこには、”消えたネックレスの行方”と書かれている。
メイドであるアリスがお姫様に贈ったサファイアのネックレスは、お姫様にはついていなかったみたい。帰ってきた王子様も、ネックレスの行方は知らないと答えた。実は、ネックレスなど存在していなかったのではないかと書かれている。
15分くらい、私は展示物をゆっくり見た。蒼眞も静かに見ている。
「…なんか、いい香りする」
蒼眞がそう呟いた途端、すーっと優しくて甘い香りが私を襲う。この香りを、私は絶対に知っている。何度も何度も嗅いだ、彼や本を纏うあの匂い。
扉を開くと、色とりどりの小さな花が沢山並んでいた。
『アイリスの花』
お姫様と王子様が出会ったガーデンを再現した展示物らしい。けど、私は疑問に思う。どうして同じ匂いが、彼からも本からもするのかな。
蒼眞がいつもより静かだから、私はつまらなかったかなと心配になる。
様子を伺いながら、私たちはいい匂いのアイリスの花を抜けた。
そしてまた、白い扉を開いた途端、私の時間は止まった。そこには王子様の肖像画が飾られていた。
私は知っている、この人を。
青い瞳の、綺麗な顔立ちをしている男の子のことを。絵の中の王子様は、強い眼差しでこちらを見ているようだった。驚きが隠せず、私は肖像画を目の前に固まってしまう。
「綾愛…?大丈夫?」
そう声をかけられて、ハッとする。まだ、決まったわけじゃない。気のせいかもしれない。それに、もしそうなら、疑問ばかり浮かぶし。そう思って、歩くと今度はお姫様の肖像画が飾られていた。桃色の、沢山の花が着いたドレスを着た茶髪の女の子はこの世に存在したのか信じられないくらい美しかった。その手には、さっき広がっていたアイリスの花を1本持っている。
「凄く、綺麗な女の子だったんだね」
私がそう言うと、蒼眞は口を開けてぼーっとしている。
「蒼眞?」
「…あぁ、悪い。肖像画って、こんなに綺麗なんだな」
「ね、2人とも美しい人だね」
心も、容貌も綺麗な2人が残酷な運命を辿ったことが苦しい。どうして、幸せになれなかったんだろう。本当、神様って意地悪だ。
「綾愛は、なんでここに行きたかったの?」
「私、フランのように強くなりたいの。小さい頃、お母さんが読んでくれてからずっと憧れてるの」
蒼眞は、アイリスの花のように優しく笑ってくれた。
「そっか、いいじゃん」
最後の展示物は、王子様の日記帳だった。そこには、お姫様に出逢えた喜びや幸せが綴られていた。
『これを、見ていますか?もし、見ていたら伝えて欲しいです。貴方は幸せだって。そして僕はこの命尽きるまで生きて、死んだらフランに伝えます。叶えたよって。それまで、貴方と貴方の運命の相手の幸せを願い続けます。』
王子様の失踪後の日記は、解読不可能だった。内容が、よく分からない。解説にも、現時点でこの内容は分からず研究し続けている、と。失踪している間に、別の愛人が出来たのではないかとの噂もあるらしい。お姫様は、今の私と同じ年で亡くなった。1つ上の王子様は国を暫く統制していたが、お姫様を亡くしたストレスからくる病で、たった25歳という若さで亡くなってしまったらしい。小説に書いてあった”弟に王位を譲った”というのは綺麗な話で、実際王子様は7年間も苦しみ続けた、ということだ。
グッズ売り場を少し見てから、出口へ向かうと、1枚のアイリスの花の匂いがする栞を貰った。栞には2人が叶えられなかったこと、2人で並んだ肖像画がオリジナルで描かれていた。
「思ってたより残酷だったな」
「綾愛、途中から涙目だったもんな」
「蒼眞、お姫様に見惚れてたね」
「…それは違う」
蒼眞は何かを考え込むように俯く。何か、あったのかな。私の生きている世界は、自由に愛を誓っていいし、私を縛る人などいない。普段、考えていなかっただけで本当は私は結構幸せ者なんだなって思い知らされた。
「この栞、私にとって宝物になった」
「ほんと、よかった。記念にお土産、買わなくてよかったの?」
「金欠JKですから、これだけで十分です!」
すると、蒼眞はいたずらっ子のような顔を見せる。また、その顔か。今度は何を企んでるのかな、と思いながら少し睨むと、小さな紙袋を渡してくれた。
「…これは?」
「開けてみてよ」
開くと、鏡だった。アイリスの花が描かれた、可愛い鏡。
「え、いいの?」
「綾愛みたいだなって思ったから」
「ありがとう、蒼眞。今日もこれも、ありがとう」
嬉しくて私は思わずその場で跳ねてしまう。蒼眞に、恥ずかしいからやめてって注意されてしまった。
「綾愛の最寄り近くで飯食って、今日は解散だね」
「えー、展示会について語り合わないの?」
「飯食いながら、そうするつもりだよ」
けど、いつもより声が低い蒼眞の理由が気になる。展示会後からずっと、蒼眞のテンションはいつもと違う。私、鬱陶しかったのかな。嫌な思考ばかり、ぐるぐると取り巻く。こういうところが、私の弱いところ。軽々しく、お姫様のようになりたいなんて思っちゃいけないな、と思う。
会話もなく、駅に着いてしまった。
「綾愛さん…!!!!!!」
ファミレスに向かおうとした時、突然聞こえた大きな声に私は驚く。
「今、そっちに行きます」
やっぱり、私の考えは当たっている。
彼は私に向かって走ってくる。
「…危ない!!!!!!!」
蒼眞の叫ぶ声が頭の上で鳴り響く。その瞬間、蒼眞は少し遠くにいる彼の元へと駆け寄って、彼の腕を掴んだ。大きなトラックが、彼の目の前に来ていたのだ。助けるなんて優しいな、そんな呑気なことを思っていると蒼眞は苦しそうな顔をしている。頭を抑え、地に手を付いている様子を見て、私は蒼眞たちの方へ急いで向かった。
「蒼眞…?蒼眞、どうしたの」
「いや…急に…」
青白く、呼吸も荒くなっている。私は焦って、スマホを取りだして救急車を呼ぶ。いつもならすぐ言えるここの住所も、蒼眞の名前も、言葉が詰まってなかなか上手く言えない。どうしよう、どうしたらいいの。私が、電話で伝え終えた頃には蒼眞の意識はなかった。
どれだけその名を呼んでも、今まで触れられなかったその手を握っても、何もない。
ただ、蒼眞の呼吸音だけが静かなこの空間で聞こえる唯一のもの。
「…君は怪我はない?」
私は敢えて、その名を呼ばなかった。
気づいていないと、思い出していないと思ったから。
「僕は、大丈夫」
その瞳は、いつもよりも強かった。
「綾愛さん」
「…なに?」
焦りで口調が強くなってしまう。温かい蒼眞の手を握った瞬間、彼はついにその名を出した。
「僕は、レオ・ブラァーヴ。
生まれ変わった、貴方に会いに来ました」
生まれ変わった貴方、その意味を理解できないままレオを残して救急車に同乗した。
見えたネックレスには、サファイアのような青い宝石が付いていた。
コメント
1件
「あおいさん、読み終えました…!」 もうね、指切り姫展の描写がすごく綺麗で、アイリスの花の香りまで感じるようでした。蒼眞くんが肖像画を見て固まるところ、ドキドキしました…まさか彼自身があの王子様と関係ある展開になるなんて。最後の「生まれ変わった貴方に会いに来ました」の台詞、鳥肌立ちましたよ。凛さんの伏線の貼り方が本当に繊細で、一瞬で物語の世界に引き込まれました。続きが気になりすぎます!