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昔、地球には多くの人間がいた。
でもそれは昔の話で、今ではその人間のいた影さえなく、地球には植物と多少の生きもの、そして水しかない。
人間なんて固有名詞ははるか昔に自分たちでその名詞が紡いだ物語に終焉の幕をおろした。
そんななか、火星にはまだ彼らの残していていったものがあった。
彼らがたわむれに火星にも自分たち人間と同じ同類の生物がいるのではないか、と抱いた無邪気な夢。
その夢を確かめるために彼らが送った火星生命探査機。
それは人間の滅後何年も、 限りなく長い時間、ただ己に課された役割を果たし続けていた。
―その課せられた任務は毎日、宇宙へ向けて虚しくメッセージを送ること。
「おはようございます。今日の火星は晴れです」
「ご機嫌はいかがですか?私はまだ大丈夫です」
「お元気ですか?火星には今日雨が降っています」
誰も聞くことのないメッセージ。
誰にも届くこともないメッセージを生命探査機はただ無限の虚空へ打ち放ち続ける。
人間たちは最初の頃こそ、そのあるかもしれない他の生命の可能性に期待してメッセージを放つ探査機に期待したけれど、しょせんは子供がオモチャに飽きるように、彼らもいつしか、自分たち自身が火星にその様な機械を送り出したことすら忘れ、ただ己が高尚な理想を求めめ、ひたすら時代に邁進した。
その向こうには彼にのみ約束されたエデンの園があるはずとされていたから。
その結果はさんさんたるものだったかもしれない。
最後の人類の生き残りが見た風景はなんでもない荒野。
それはその者にとってたしかに“エデンの園”だったのかもしれない。
しかし、それが彼ら人類の望んだ結末だった。
そして、火星の生命探査機は主を失った。
火星にあって、人類の最後の惨禍を免れた生命探査機は主をなくしても依然として、その役割を果たし続ける。
「お元気ですか?今日の火星には雪が舞っています」
「おはようございます。今日の火星の気温は少し寒い」
最早、意味のないメッセージ。
それは電子の波となって宇宙に熔けていく。
途方もない長い時間を、億を数える年月を、ただ探査機はその役割を果た続けた。
やがて機械の部品は錆び付き、壊れ、その役割も終わりを迎える。
「お元気ですか?私は今も元気です」
それが最後のメッセージとなった。
探査機は止り、永遠の時間に身を委ねる。
まるでいままでそうだったかのような静けさに身を任せて、機械はその任を終えた。
「メッセージの発信源は確かにこの星なんです」
まだあどけなさが顔に残る少女はすがるように隊長に言った。
「…しかし、信じられん。…君の言うことはわかる。だが、わしらの種族が人間と呼ばれていたころ。それは昔、その頃の言語を発する信号もとを特定したじゃと?そんなものはオカルトにもほどがある」
「オカルトだっていいんです、私の希望は。下ろしてください。ここで。」
「狂気はいつだって希望と妄想を取り違えるものじゃ。若ければなおさらじゃ」
やがて宇宙飛行船は、名も知らぬ果ての惑星の地に降りた。
少女はジャリリ、とその第一歩を踏む。
荒涼とした大地だった。
しかし、どこかその風景は懐かしい気もした。
深呼吸を一つして、少女はそれから自分の向かうべき方へ歩きだした。
やがて少女は、一つのあるがらくたの前にたどり着いた。
ぼろぼろに錆び付き、形もやっと保たれていたようなそれは、もはやなにものでもないものだと、少女は思った。
しかし、少女はそれが自分がずっと探し続けたものだとはっきりわかった。
ぼろぼろに崩れたそれは、かつて人間が宇宙に送った生命探査機だった。
少女はそれを抱き締める。温かさもないそれを目を閉じて確かめるよう、
―だきしめた