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「一咲、忘れ物ない?」
「だいじょうぶだとおもう」
「いや、大丈夫?緊張してる?」
「だいじょうぶ…がんばる…」
――嘘です。過去一緊張しています。
私は紫雲学園に無事合格し、そして入学式を前に、今日ついに寮生活が始まる。初めて親から離れて暮らす。ああ、緊張する。けれどもそれ以上に、新しい環境に対する期待で胸が高鳴る。
今日の天気は快晴。しかし肌寒い。これから暖かくなるだろう。今日の私の服装は、パーカーとフレアロングスカート、スニーカーにウエストポーチという組み合わせ。いつもはアレンジしている髪の毛は、今日はくくっていない。
今私がいるのは、影之前駅というモノレールの駅である。親や友達が見送りに来てくれている。桜が咲き始めたため、桜の名所として知られるこの里にはたくさんの観光客が来る。里で特に大きいこの駅は、観光客でいっぱいだ。
モノレールが来た。座席に座り、発車を待つ。緊張してきたので、ウエストポーチから御守を出して握りしめる。中学校時代の友達がくれたものだ。ちなみにその友達は、紫雲学園の姉妹校である星辰高等学校に通うことになった。
「朝日之行き、扉が閉まります。」
プルルルルと音がして、扉が閉まる。
「じゃあ、いってきます…」
「気をつけて!」
「頑張れよ!」
「いい男子見つけなよ〜」
「あ、あはは…」
モノレールの音が静かに響き、車窓から見える風景がゆっくりと動き出す。私たちはしばらく手を振り続け、少し遠くなる家族の顔に手を振り返す。
向かう先は、もう生まれ育った桜影郷ではない。新しい世界だ。今から私は新たな世界の扉を開く。その扉が、もう目の前に迫っている。
影之前駅からモノレールで10分の雫芽駅。ここから特急に乗り換えて、学園まで1時間40分かかる。しかし今日は特急ではなく全席指定の快速列車に乗る。快速列車だと雫芽駅から学園まで30分ほどだ。
「今日は特別だからね。」
指定席券を渡してくれたとき、学園見学会のときのように、母はそう言っていた。
快速列車に乗ると、隣の席に私よりも少し年上だと思われる男性が座り、外を見ていた。ウルフカットの髪をさらりと流し、少し細身。シャープな顔立ち。――ヤバい、超タイプ!ドキドキしながら、窓の外を見る。
町を越えて島を越えて、目の前に紫雲学園が現れる。いつこの校舎を見ても、ワクワクする。
しかし今日向かうのは、学園ではなく学園寮。女子は揚羽寮、男子は竜胆寮、先生は御菊寮に住む。
学園の創立者の誰か一人は、『桜戦記』の原作の愛読者なのではないかと思う。桜戦記は、私の愛読書。古典を脚色した作品で、原作自体は900年くらい前にはあったとか。『桜戦記』に登場するのが、揚羽をシンボルとした騎士団と竜胆をシンボルとした騎士団!私の好きなキャラクターであるユキは揚羽方の人物なので、女子が揚羽寮なのはかなり嬉しい。
そんなことはどうでも…よくはないか。そのことは置いておいて、とにかく、揚羽寮に着いた私。事務室で鍵を受け取り、いざ部屋へ。
揚羽寮は8つの建物からなる。そのうちの1つの建物は事務室や食堂、大浴場といった共同スペースである。あとの7つの建物には、各建物に一学年が住む。
私の部屋は3号棟の5階の角部屋「鬼灯」で、揚羽寮で1番見晴らしがいい部屋らしい。やった。部屋は相部屋って言うんだっけ、もう1人の女の子と住むことになるらしい。同じ部屋の人は、ランダムで決めるのだそう。いい人だったらいいな。
部屋に入ると、私よりも若干身長の低い子が片付けをしていた。こちらに気づく気配はない。
「あの…」
「あ、こんにちは!」
声を掛けると、軽やかかつ無邪気な声で挨拶し、こちらを振り向く。その顔は、女の私が見てもドキドキしてしまうような、綺麗な顔立ちをしていた。
シャツスリーブコンビネーションセーターにベージュカラーのワイドパンツ。滑らかで優雅に流れ、彼女の動きに合わせて軽やかに揺れる茶色がかった髪。知性と優雅さが混じり合った眼差し。そして、まるで太陽のように輝き、どこか神秘的な光を放つ金色の瞳。金色の瞳――。
私はその金色の瞳から目が離せない。黒くない瞳。とてつもない魔力量を持つ印――。
「弓弦葉 伊吹です!よろしく!」
「あ、うん。皇 一咲です。」
「あ、片付け手伝うよ〜!」
伊吹ちゃん自体は、明るく元気な気さくな子だった。ただし片付けが苦手らしく、私が手伝う羽目になった。何が「片付け手伝うよ〜!」だ。
というか、『弓弦葉』って名字、どこかで聞いたような……。まあいっか。
「そっか、かずはユキ推しなんだ!」
「うん。伊吹ちゃんは?」
「私は若葉推し〜」
伊吹ちゃんも『桜戦記』の愛読者だったらしい。とても話が弾む。
話していると、気づけば18時半になり、食堂に行くことにした。
扉を開けると、丁度隣の部屋の住人が出てきたところだった。
片方の子は、まるで氷のように冷たい雰囲気を持つ美女だ。
5部袖の白いブラウスにスリットパンツという大人っぽいコーデ。透き通るように白い肌。長く、真っ直ぐに流れる黒髪。強い意志を感じるツリ目。
もう片方の子は、まるで春のように明るくて温かい雰囲気を纏っていた。
Vネックのトップスに、花柄のフレアスカート。大きくキラキラと輝く瞳。カールがほどよくかかっている髪は、無造作に結んだ赤いリボンがとても似合う。
「わあ、こんなきれいに同じタイミングに出てくることってあるんだね〜」
赤いリボンの子が楽しそうに声を上げる。
「まずは挨拶からでしょ。
はじめまして。私は九十九 葉月。言わずもがな、隣の部屋の『金盞花』の住人です。」
「私は小鳥遊 胡桃!小鳥が遊ぶって書いて、たかなしって読むんだ!面白いでしょ!はづと同じで、『金盞花』の住人です!」
やはりツンとした感じで葉月ちゃんが淡々と自己紹介すると、やはり明るい声で胡桃ちゃんが自己紹介。
「皇 一咲です。『鬼灯』の住人です。」
「あ、はじめまして〜!弓弦葉 伊吹です!『鬼灯』の住人です。」
私達も自己紹介。伊吹ちゃんが自己紹介すると、2人はちょっと動揺した…ように見えただけかもしれない。
「私達、今から食堂行くんだ。」
「私達もだよ!一緒に行こ〜」
食堂はとにかくとても広い。更にこの規模のものがもう1つあるというから凄い。学年ごとに使用時間が決まっており、私達 新1年生は、朝は6時半から7時、夜は18時から18時半まで使える。
「バイキング形式だ〜」
「美味しそう!」
伊吹ちゃんも胡桃ちゃんも目を輝かせて喜んでいる。葉月ちゃんは声こそ出さないものの、表情が明るくなったのが分かる。私もお腹が空いてきた。
みんなで好きなものをとって席についた。それぞれ食べる量もものも全然違う。私の量は、他の人から見ると少ないらしい。
「いただきます!」
友達と食べるご飯は美味しいし楽しい。これからの不安はいっぱいあるけれど、ご飯を食べたらなんだか前向きになれる。これからの生活が楽しみになってきた。
――入学式まであと5日。