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#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第百三話 名前を呼ぶ
駅を出てから、二人はしばらく歩いた。
二つ目の約束。
『知らない場所へ行く。』
紙に書かれていたのは、それだけだった。
「これ、ヒントなさすぎない?」
彼女が笑う。
「昔の俺たち、結構適当だったのかも」
「でも、約束はちゃんと残してる」
「……それは、そうだね」
二人は笑いながら歩いた。
昔なら、目的地が分からなければ
不安になっていたかもしれない。
けれど今は違う。
分からなくても、一緒に探せばいい。
そう思えるようになっていた。
しばらく歩いたところで、彼が突然立ち止まった。
「……ここ」
「え?」
目の前にあったのは、小さな道だった。
古い建物の間を抜けるように続いている。
見覚えがある。
でも、どこで見たのか分からない。
彼女も同じように道を見つめていた。
「私も……知ってる気がする」
二人はゆっくり歩き出した。
角を曲がる。
その先に、小さな公園があった。
ベンチ。
木々。
少し色あせた遊具。
彼の足が止まった。
「……思い出した」
彼女が振り返る。
「ここ?」
「うん」
記憶が一気に戻ってくる。
まだ二人が出会って間もない頃。
彼女が人間関係のことで泣いていた日。
彼も家に帰りたくなくて、行く場所がなかった日。
二人はここに来た。
何をするでもなく、ベンチに座っていた。
彼女が、
「私たち、どこか遠くに行けたらいいのに」
と言った。
彼は、
「じゃあ、いつか行こう」
と答えた。
「知らない場所に?」
「うん。二人とも知らない場所」
「約束?」
「約束」
それが二つ目だった。
彼女は目を閉じた。
「……全部、思い出した」
「俺も」
あの日の会話だけじゃない。
その後のことも。
初めて笑った日。
初めて本音を話した日。
お互いの苦しさを知った日。
「大丈夫」と言えなかった夜。
それでも隣にいた時間。
そして――事故の日。
すべてが、一本につながっていく。
彼は目を伏せた。
「……怖かった」
彼女が隣を見る。
「何が?」
「全部思い出すこと」
少し間を置いて、彼は続けた。
「忘れてた方が楽だったのかもしれないって、ずっと思ってた」
彼女は黙って聞いていた。
「でも、違った」
「うん」
「忘れてた時間も、なくなったわけじゃなかった」
彼は自分の胸元に手を当てた。
「ちゃんと、ここに残ってた」
彼女の目から涙が落ちる。
「私も……怖かった」
「うん」
「また昔みたいに、誰かを信じて、また失うのが怖かった」
彼は彼女を見る。
「でも、今は?」
彼女は涙を拭った。
「……まだ怖い」
そして、小さく笑った。
「でも、もう一人で怖がらなくていいんだよね」
「うん」
彼も笑った。
「俺も」
二人はベンチに座った。
しばらく何も話さなかった。
やがて彼女が、箱から出した紙を広げる。
そこには、まだ叶えていない約束が
いくつか残っている。
「これ、全部叶えられるかな」
「叶える」
「全部?」
「全部」
彼女は笑った。
「じゃあ、忙しくなるね」
「いいじゃん」
「……うん」
風が吹いた。
木の葉が揺れる。
彼はふと、銀色のチャームを取り出した。
ずっと持っていたもの。
忘れていた約束の証。
「これも……返さないと」
彼女が首を横に振る。
「返さなくていいよ」
「え?」
「今度は、預けるんじゃなくて」
彼女は自分のチャームを取り出した。
「一緒に持ってよう」
彼はその言葉を聞いて、笑った。
「それ、いいね」
二つのチャームが、隣り合った。
昔は、それぞれが相手を待つために持っていた。
今は違う。
二人がここにいることを確かめるために持っている。
そして彼女が、ふと尋ねた。
「ねえ」
「ん?」
「私たち……最後まで、名前を知らないままだったね」
彼は少し笑った。
「そうだな」
出会った頃。
二人は、お互いの名前を知っていた。
けれど、今の二人は
まだその名前を口にしていなかった。
事故。
記憶。
忘却。
長い時間。
その全部を越えてきた今だからこそ。
彼は彼女を見た。
「……呼んでもいい?」
彼女は少し驚いたあと、笑った。
「うん」
彼は、初めてその名前を口にした。
「琴葉」
彼女の目に、涙が浮かぶ。
そして彼女も、彼の名前を呼んだ。
「律」
その瞬間。
長い間、伏せられていた二人の名前が、
初めてそこにあった。
名前だけを知っていた。
それなのに、名前さえ忘れてしまった時間があった。
でも今は違う。
名前も。
過去も。
傷ついた記憶も。
笑った記憶も。
叶えられなかった約束も。
全部、二人のものだった。
「律」
「ん?」
「これから、約束いっぱい叶えようね」
律は笑った。
「うん」
「忘れない?」
少しだけ考えてから、律は答えた。
「忘れても、また思い出す」
琴葉が笑う。
「それなら安心」
二人は立ち上がった。
まだ叶えていない約束がある。
まだ行っていない場所がある。
まだ伝えていない言葉がある。
だから、ここで終わりじゃない。
二人は歩き出した。
今度は、別々の道へ戻るためじゃない。
同じ未来へ向かうために。
――昔の二人が残した約束を、
今の二人で一つずつ叶えるために。
そしていつか。
全部の約束を叶えたその日にも。
きっとまた、新しい約束をする。
名前だけを知っていた二人は、もういない。
今は――
琴葉と律。
お互いの名前を呼びながら、
二人の続きが始まっていく。
コメント
1件
ああ、もう最高だった…「忘れても、また思い出す」って台詞に全部持ってかれたわ。二人が名前を呼び合うシーン、涙腺崩壊した。記憶を失くした時間すらも、ちゃんと二人の中に残ってたって描写が沁みる。チャームを「預ける」から「一緒に持つ」に変わったのも、関係性の成長感じられてガチで刺さった。この続き、どんどん叶えていく約束を見届けたい🔥