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第百四話 約束の続きを
「全部、叶えよう」
昨日、そう言った。
けれど朝になってみると、
琴葉は少しだけ不安になっていた。
机の上に並べた紙。
そこには、二人が昔書いた約束が残っている。
一つ目。
朝の駅を見る。
二つ目。
知らない場所へ行く。
三つ目。
同じ写真をもう一度撮る。
四つ目。
ちゃんと「ありがとう」を伝える。
そして――
最後の約束。
琴葉は、その文字を指でなぞった。
「……これだけ、まだ意味が分からない」
律が隣から覗き込む。
紙の最後には、短く書かれていた。
『大丈夫になったら、行く。』
「どこに?」
「分からない」
「何が大丈夫になったら?」
「……それも、分からない」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に笑った。
「昔の私たち、謎解き残しすぎじゃない?」
「本当に」
笑っていたけれど、
律はその文字から目を離せなかった。
――大丈夫になったら。
その言葉だけが、なぜか胸に引っかかった。
その日の午後。
二人は、昔の学校へ向かった。
もう通っていた頃とは少し景色が変わっている。
校舎の前に立った瞬間、琴葉は足を止めた。
「……ここ、苦手だった」
律は何も言わなかった。
琴葉が自分から話し始めるまで待った。
「ここに来ると、昔のこと思い出す」
「うん」
「教室に入ったら、急に会話が止まったりして」
琴葉は笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
「何もされてない日でも、怖かったんだよね」
律は静かに頷く。
「……帰りたくても、帰れなかった」
「うん」
「誰かに嫌われるのが怖くて。嫌われないようにしてたら、自分が何考えてるのか分からなくなって」
琴葉は俯いた。
昔の自分を思い出す。
「だから、あの頃の私はいつも『大丈夫』って言ってた」
律は少しだけ笑った。
「俺も」
「律も?」
「家に帰りたくない日でも、大丈夫って言ってた」
二人の間に沈黙が落ちる。
違う場所で傷ついていた二人。
でも、同じ言葉で自分を隠していた。
「……私たち、本当に似てたんだね」
「うん」
律は少し考えてから言った。
「でも、違うところもある」
「何?」
「今は、大丈夫じゃないって言える」
琴葉は顔を上げた。
律は続ける。
「俺、昔はそれが一番できなかったから」
その言葉を聞いて、琴葉は少しだけ笑った。
「じゃあ、今は?」
「……今?」
「今、大丈夫?」
律はしばらく黙った。
そして正直に答えた。
「少し怖い」
琴葉は頷いた。
「私も」
「でも」
律が隣を見る。
「一人じゃないから、大丈夫じゃなくてもいい気がする」
琴葉の目に涙が浮かんだ。
「……それ、昔の私たちに聞かせてあげたいね」
「うん」
二人は、しばらく校舎を見つめた。
昔の二人は、ここで傷ついた。
でも、ここで出会った。
だから今日は、逃げるために来たわけじゃない。
過去を消すためでもない。
ただ、
「あの頃の自分たちも、ちゃんと頑張っていた」
と認めるために来た。
琴葉は小さく息を吐いた。
「帰ろうか」
「うん」
学校を離れる。
少し歩いたところで、琴葉が振り返った。
「ねえ、律」
「ん?」
「一つ目の約束、叶えたよね」
「朝の駅?」
「うん」
「二つ目も」
「知らない場所?」
「今日の学校は?」
琴葉が笑う。
「それは約束じゃないでしょ」
「じゃあ、三つ目」
「写真?」
「今、撮る?」
琴葉はスマートフォンを取り出した。
二人で並ぶ。
今度は学校を背にして。
シャッターが切られた。
画面には、少し泣いた二人が映っていた。
でも、二人とも笑っている。
琴葉が写真を見ながら言う。
「……昔の写真より、こっちの方が好きかも」
「俺も」
「なんで?」
律は少し考えた。
「今の俺たちが写ってるから」
琴葉はその言葉を聞いて、静かに笑った。
そして二人は、また歩き出した。
まだ約束は残っている。
過去の二人が書いた言葉を、一つずつ。
焦らずに。
今度は忘れないように。
二人の時間で、叶えていく。
その最初の一歩は――
昔の自分たちを、ちゃんと許すことだった。
#恋愛
ばたっちゅ
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#誓い
耀聖(ようせい)
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コメント
1件
うわ、この話、琴葉と律がゆっくりと過去と向き合ってる感じがすごく良かったです。「大丈夫になったら、行く」って謎の約束の意味、まだ分からないけど、それがむしろこの二人の物語の核なんだろうなって思いました。昔は「大丈夫」って言って隠してた二人が、今は「大丈夫じゃない」って言えるようになって、その変化が写真にちゃんと写ってるっていうラスト、すごく胸にきました。続きが気になります。