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私は、イルドラ殿下とウォーラン殿下とともにサジェードの元に来ていた。
彼は、私達の前で項垂れている。自らの罪を暴かれて、意気消沈しているようだ。
しかし、そのようなことで許される訳はない。彼は、一人の令嬢を監禁していた。その罪は重いといえる。
さらに言えば、彼はモルダン男爵とシャルメラ嬢がしていたことに関与している可能性がある。
それももちろん、許されることではない。その辺りも含めて、しっかりと話を聞かせてもらわなければならないだろう。
「さて、サジェード、まずお前に聞きたいが、お前はアヴェルド兄上との癒着について関わっていたな?」
「……僕は関わっていない」
「この期に及んで、まだ抵抗するのか?」
「これは本当だ!」
イルドラ殿下に問い詰められたサジェードは、大きな声を出した。
その形相からは、必死さが伝わってくる。少しでも罪を軽くしようとしているということだろうか。
「メルーナ嬢を拘束したのは、それが原因じゃないのか?」
「それはそうだが、僕は本当に関わってなんかいなかったんだよ。父上のやったことを知ってはいたが……」
「ほう?」
サジェードは、少し声を小さくしていた。
それは自分の罪を、包み隠さず話そうとしているからのように思える。
「アヴェルド殿下とは、関わったことなんてない。ただ、僕は父上の仕事を手伝っていた。だから父上から聞いていたんだ。アヴェルド殿下とのことを。僕はそれに目を瞑っていた。それを告発した所で、僕に利益なんてないからだ」
「……隠蔽に加担していたのか?」
「……確かに、それを隠すために動いたことがなかったとは言えないかもしれない。だけど、僕は見て見ぬ振りをしていただけだ」
サジェードの言っていることは、理解できない訳ではなかった。
それが本当である可能性も、充分に考えられる内容だ。罪から逃れるにしては微妙な嘘でもあるし、彼は本当に見逃していたというだけなのかもしれない。
「それは充分に関わっていたといえるとは思うが……」
「それは不可抗力というものだ。僕に告発することなんて、できる訳がないじゃないか」
「まあ、その件については多少の情状酌量の余地があるかもしれないな。だが、メルーナ嬢の件はそうはいかない」
サジェードの立場を考慮すれば、モルダン男爵のやっていたことを告発するというのは、中々に難しいことではあるだろう。
百歩譲って、そのことはまだ理解できる。だが問題は、メルーナ嬢の監禁だ。彼は一体、何を思ってそれを実行したのだろうか。
「何故、メルーナ嬢を監禁したのか、話してもらおうか?」
「……僕はアヴェルド殿下とのことを見て見ぬふりをしていた。それをお前達のように、関わっていたと考える者がいる。メルーナ嬢だって、そうだったかもしれない」
「彼女が事実を知っていると思ったのか?」
「ああ、そうだとも。そうでなければ、どうして彼女が僕の元を訪ねて来る? 他に理由なんてない。メルーナ嬢は、僕を脅しに来たんだ」
イルドラ殿下の質問に、サジェードはすらすらと答えていた。
先程のことも含めて、彼は嘘などをついているという訳でもなさそうだ。素直に話を応じるつもりは、あるらしい。
「メルーナ嬢の目的は、先程聞いておいた。彼女はお前の父親と妹を悼むためにここに来たんだ」
「……なんだって?」
「知らなかったのか? 思い込みが激し過ぎたようだな」
イルドラ殿下の言葉に、サジェードは目を丸めていた。
彼はメルーナ嬢と、あまり対話していないようだ。というか、ここを訪ねた彼女は事情くらい話すと思うのだが、どうして知らないのだろうか。
もしかしたら彼の中では、メルーナ嬢が自分を脅しに来たという結論が固まっていたのかもしれない。他のことを聞いても、耳に入って来なかったのではないだろうか。
「要するに、お前は勘違いをしてメルーナ嬢を監禁していた訳か」
「そ、そんな馬鹿な、わざわざ父上とシャルメラを悼みに来るなんて……」
「彼女は優しい女性だったのさ。そのせいでこんなことになるなんて、あってはならないことだ」
イルドラ殿下は、サジェードのことを睨みつけていた。
私もウォーラン殿下も、気持ちは同じだ。サジェードは身勝手な理由で、メルーナ嬢にひどいことをした。それを私達は、許すつもりなどはない。
「……突然、訪ねて来る方が悪いんじゃないか」
「……何?」
「父上とシャルメラを悼みに来ただって、いきなりそんなことのために訪ねて来るなんて、無礼な話だ」
イルドラ殿下の言葉を聞いたサジェードは、ゆっくりと言葉を呟き始めた。
彼の目は据わっている。その表情に、私は息を呑む。どうやら彼は、追い詰められて少しおかしくなっているらしい。
「僕は悪くない!」
「サジェード、お前……」
「あの女が悪いんだ! 全てはあの女が僕を嵌めるために企てたことだ!」
サジェードは激しい身振り手振りを交えて、叫び始めた。
彼が追い詰められているということは、理解することができる。それでおかしくなったと、頭ではわかっている。
だがそれでも、私はサジェードに対して激しい怒りを覚えていた。彼が発する言葉の内容は、身勝手極まりないものだ。一体どの口で、そんなことが言えるのだろうか。
「僕はただ賢明に生きていただけだ。それなのに、どうしてこんな目に合わなければならない……理不尽だ!」
サジェードの情緒は、非常に不安定であった。悲しんだり良かったり、彼の感情は忙しい。
しかし彼の言動は、身勝手としか言いようがない。言ってしまえば、これは身から出た錆だ。彼の行動は全て、短絡的過ぎる。
モルダン男爵やシャルメラ嬢の罪が暴かれた時に、素直に自分がその事実を知っていたことを打ち明けていれば、このようなことにはならなかっただろう。
事実として、メルーナ嬢は罰などを受けてはいない。それは証言者としてこちら側に立ったことや、男爵家の令嬢という、当主に従わざるを得ない立場を考慮してのことだ。
サジェードだって、それと同じ立場になることはできたはずである。
しかし彼はそれをしなかった。彼は臆病だったのだ。自分がしていたことを受け入れずに、逃げ続けていた。
メルーナ嬢が訪ねて来た時も、監禁などという方法を取ったのも、彼の愚かな点だ。
彼女の話をきちんと聞かなかったことはもちろん、考え方も間違っている。
その時点でも、自らの罪を認めて釈明することはできたはずだ。それでも充分、情状酌量の余地はあった。彼は選択を、ことごとく誤っているといえる。
「悪いのはあの女の方だ!」
その失敗の責任を、メルーナ嬢に押し付けるなんてもっての他だ。
彼女は何も知らずにここに来た。ただ事件の被害者達を悼んでいただけだ。
そんなメルーナ嬢を侮辱することを、私は許せない。そう思って、私は一歩前に出ようとした。
ただ私は、足を止めることになった。私よりも先に、前に出た人がいたからだ。
「……ふざけるな!」
「ひっ!」
「自分の身勝手さをメルーナ嬢のせいにするな! あなたがやったことは最低なことだ。監禁されている間、いや今だってメルーナ嬢は深く傷ついている。あなたは自らの保身のために、彼女の心に一生消えることのない傷を負わせたんだ。その罪は……重い!}
ウォーラン殿下は、見たことがない表情で言葉を発していた。
彼のその表情からは、確かな怒りが伝わってくる。彼も私と同じように、サジェードの身勝手さに憤っているようだ。
その言葉に、当のサジェードはかなり怯んでいる。ウォーラン殿下の気迫に、押し潰されているようだ。
「サジェード、お前には罰を受けてもらう。一緒に来てもらうぞ?」
「く、そっ……!」
イルドラ殿下の静かなる言葉に、サジェードはゆっくりと項垂れた。
これから受ける報いを噛みしめているのだろう。その表情は暗かった。
◇◇◇
私とイルドラ殿下、それからウォーラン殿下は、メルーナ嬢とともにディートル侯爵家の屋敷に来ていた。
憔悴していたメルーナ嬢を病院で診てもらってから、どこに行くかという話になって、とりあえずラフェシア様を頼らせてもらうことにしたのだ。
メルーナ嬢の実家であるラウヴァット子爵家の屋敷に連れて帰ることも考えたのだが、それについてはメルーナ嬢の反応が悪かった。そのこととなると、彼女の歯切れが悪くなるのだ。
「メルーナ、無事だったのね」
「ラフェシア様……ええ、お陰様で」
ディートル侯爵家の屋敷の方が近かったこと、ラフェシア様もメルーナ嬢のことを心配していたこと、それらも考慮してとりあえずこちらに来てみた。
結果として、それは悪くない判断だったといえる。メルーナ嬢もラフェシア様も、会えたことにとても喜んでいるようだった。
二人のことを知っている私からしてみれば、その光景は嬉しいものだった。思わず涙を浮かべてしまうくらいに。
「本当に安心したわ。一時はどうなるかと思っていたけれど……」
「ご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いいえ、謝るようなことではないわよ。あなたは被害者なのだもの」
ラフェシア様には、既にある程度の事情は伝えてある。
当然のことながら、彼女はメルーナ嬢のことに心を痛めているようだった。
実際にメルーナ嬢の顔を見て安心していることが、その表情からは伝わってくる。ラフェシア様はとても優しい人であるし、恐らくかなり心配していたのだろう。
「リルティアもお疲れ様。あなたも大変だったでしょうね?」
「あ、いいえ、私はそれ程何もしていませんから。ただその場に立ち会っていただけですから」
気遣ってくれるラフェシア様に対して、私はゆっくりと首を振った。
もちろん疲れてはいるのだが、今回私がしたことはそこまでない。イルドラ殿下やウォーラン殿下に連れ添っていたというだけだ。
主なことは、二人がやってくれた。私がやったことなんて、微々たるものだといえるだろう。
「いいえ、そんなことはありませんよ。リルティア嬢がいなければ、この事件は解決していませんでした」
「ああ、リルティア嬢の迅速な行動が事件を解決したのさ」
「お二人とも……」
そんな私に対して、二人の王子は賞賛の言葉を口にしてくれた。
それ自体は、とてもありがたい。私も少しは、誇ってもいいのだろうか。
ただ、重要なのは別に誰の成果であるかということでもない。メルーナ嬢が無事だったこと、それが何よりも大切なことなのだ。