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私達は、ディートル侯爵家の屋敷の客室に来ていた。
これからのことについて、話し合わなければならないからだ。
ラフェシア様にメルーナ嬢、それからイルドラ殿下とウォーラン殿下、ここにいるのは私も含めて五人である。
「メルーナ、やはりあなたはラウヴァット男爵家の屋敷に戻った方が良いと思うわ。あなたのお兄様――マルシド様が心配していたもの」
「お兄様が、ですか……」
ラフェシア様の言葉に対するメルーナ嬢の反応は悪かった。
あまり気が進んでいないといった感じだ。やはりラウヴァット男爵家の屋敷には、戻りたくないと思っているということだろうか。
それについては、理由を聞いておかなければならない。彼女も彼女で、色々と抱え込んでいるものはあるだろう。それは吐き出しておいた方が良いものだ。
「メルーナ嬢、家に帰りづらい理由があるのですか? マルシド様をラフェシア様は悪い人ではないと判断したようですが、実はそうではなかったとか?」
「いいえ、そういう訳ではありません。お兄様は、清廉潔白です。お父様も私も、アヴェルド殿下とのことを伝えていませんでした。隠していたとさえ言えます」
私の質問に、メルーナ嬢はゆっくりと首を振った。
マルシド様という人物は、サジェードとは違い、本当に事件のことを知らない無垢な人であるらしい。
しかしそれなら、何故メルーナ嬢が帰ることを躊躇う必要があるのだろうか。温かく迎え入れてくれそうなものだが。
「でもだからこそ、私はお兄様に顔向けすることができません。私はお父様とともに、不正を働いていたのですから」
「それは……」
メルーナ嬢の言葉に、私は驚いた。
その視点については、考えたことがなかったからだ。
彼女は、アヴェルド殿下とのことに責任を感じている。自分自身も、不正を働いていた一員だと考えているということだろうか。
「結果として、私は裁きを受けませんでした。それは、私が父達の不正を暴くための証言をしたからです」
「……」
「しかし私は、ただ疲れてラフェシア様やリルティア様に真実を話したというだけです。自分達がやっていたことについて、悪いことだとか良いことだとか、そう思っていた訳ではありません。私が本当に許されていいのかどうか、私にはわからないのです」
メルーナ嬢は、悲痛な面持ちで心情を語っていた。
やはり、色々と抱え込んでいたようだ。もしかしたら、モルダン男爵やシャルメラ嬢を悼もうと思ったのも、それが要因なのかもしれない。
私達に事情を話してくれた時には、ここまで抱え込んではいなかったはずだ。恐らく、事件が終わってから段々と積もっていったものなのだろう。
「……あなたは被害者ですよ」
メルーナ嬢の言葉に、私達は少しの間沈黙していた。
その沈黙を破ったのは、ウォーラン殿下だ。彼は、悲痛な面持ちで言葉を発している。彼も彼で、色々と思う所があるのだろう。それを私は、よく知っている。
「メルーナ嬢、僕はあなたとアヴェルド兄上のことを知っていました」
「それは……」
「知ったのは随分と前の話です。あなたとアヴェルド兄上を見かけて事情を聞きました。その時は単純に付き合っているなどと言われましたが……」
ウォーラン殿下は、過去のことを語り始めた。
それは私も、ある程度は聞いていたことだ。イルドラ殿下はシャルメラ嬢のことを、ウォーラン殿下はメルーナ嬢のことを、それぞれ知っていたのである。
「あの時に事実に気付いていれば、もっと早くに事件を解決できていました。あなたを助け出すこともできた。僕は愚かでした。アヴェルド兄上なんかを信頼するなんて……」
「それについては、俺だって同じだ。シャルメラ嬢のことを知っていたからな」
「イルドラ兄上は、リルティア嬢と協力してアヴェルド兄上達の悪事を暴いたではありませんか。結局僕は、何もできなかった。僕がもっとできる王子であったなら、あれ程の命が奪われることもなかったかもしれない」
ウォーラン殿下は、真面目で誠実な人だ。きっと彼は、身勝手だった自身の兄であるアヴェルド殿下の死さえも、心から悔やんで後悔している。
そして己の非力さを、彼は痛感しているようだった。しかしそれは、仕方ないことだ。私とイルドラ殿下は、彼に意図的に情報を隠していたのだから。
ただ、それは今は言わないでおく。ここで気持ちを晴らすべき人は、ウォーラン殿下ではなくメルーナ嬢だからだ。
「メルーナ嬢、あなたが気に病むことはありません。今回のことは僕の――もっと大きな枠組みで言えば、王家の失態です」
「まあ、それについては同意だ。俺達は馬鹿だった。兄上という悪が近しい所にいたというのに気付かなかった愚か者だ」
王家の二人は、メルーナ嬢に対してそのように言葉を発していた。
彼女が感じている責任を、背負い込むつもりなのだろう。二人は、その覚悟を決めている。
それは私にも、無関係な話ではない。私はイルドラ殿下の婚約者であり、次期王妃だ。私も責任を、背負ってみせる。
「イルドラ殿下……」
「メルーナ嬢……」
私は、イルドラ殿下の手をそっと取った。
それで彼には伝わっただろう。私も覚悟を決めていると。
「……私は」
ウォーラン殿下とイルドラ殿下の言葉を受けて、メルーナ嬢は目を瞑っていた。
それは恐らく、何かを考えているのだろう。いや、今までのことを思い出しているのかもしれない。
とにかく彼女には、整理する時間が必要であるだろう。私達は黙ってそれを待つ。
「私は、許されても良いのでしょうか?」
「許す許さないの話ではありません。あなたには罪などはないのですから」
「そこまで言っていただける程、私は清廉潔白ではありません。これでも、色々と思惑があったのです。私もアヴェルド殿下との関係を利用していた一人です」
「いいえ、あなたはただアヴェルド兄上の思惑に惑わされていただけです。それを僕達は止めることができなかった……」
「いえ、そんなことは……」
メルーナ嬢とウォーラン殿下は、お互いに譲れないようだった。
しかし実際の所、二人のどちらかが悪いという話でもないだろう。二人はお互いに、巻き込まれたというだけだ。
諸悪の根源はアヴェルド殿下や、ラウヴァット男爵だといえる。ただ、その二人は既に亡くなっているため、二人ともやり場のない思いを抱えているのだろう。
それはきっと、イルドラ殿下も同じだ。手を繋いでいるからか、なんとなく彼の思いが伝わってくるような気がする。
私の役目は、そんなイルドラ殿下を支えることであるだろう。彼が背負おうとしているものを、私も背負ってみせる。
次期国王夫妻として、それはきっと必要なことだ。私達は、これから支え合って生きていくべきなのである。
メルーナ嬢やウォーラン殿下にも、そうやって支えてくれる存在が必要であるだろう。
いやそれはもしかしたら、二人にとってはお互いなのかもしれない。今の二人を見ていると、そう思えてくる。
「……これでは、話が終わりませんね」
「そうですね……すみません、僕のせいで」
「いいえ、でもウォーラン殿下は、アヴェルド殿下とは全然違いますね」
「……兄上のようには、なりたくないと思っていますからね。まあ、そう思い始めたのは、最近のことですが」
「それは良いことだと思います」
メルーナ嬢は、そこでラフェシア様の方を見た。
恐らく、先程言われたことに答えようとしているのだろう。
「ラフェシア様、私はラウヴァット男爵家の屋敷に戻ろうと思います」
「お兄様と、話すことはできそう?」
「ええ、改めて話をしようと思います」
メルーナ嬢の表情は、先程までと比べると幾分か明るくなっていた。
今の彼女なら、きっと大丈夫だろう。未来に進んでいけるはずだ。
そう思って、私はイルドラ殿下に笑顔を見せる。すると彼も、笑顔を返してくれた。