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数日前。
ノーマンの出荷が、突然決まったりしい、
その知らせを受けた日の夜、シンムは一人、ママ――イザベラの元を訪れた。
「……あら、どうしたの? シンム」
イザベラは珍しそうに目を細める。
「なにか困ったことでも?」
静かな廊下。誰もいないはずの時間に、
シンムはふと微笑んで、しかし――その瞳には、いつもの柔らかさはなかった。
「ねぇ、ママ。……お願いがあるんだ」
「――お願い? シンムが?」
イザベラは驚いたように目を見開く。
「あなたが“何かを望む”なんて、初めてね。ふふ、いいわ。言ってちょうだい」
シンムは一歩、前に出る。
「ノーマンの出荷日。
……ノーマンじゃなくて、代わりに僕が行くよ。」
イザベラは、数秒間、何も言わずにシンムを見つめた。
その表情からは、驚きと、わずかな困惑、そしてどこかに“理解”が滲んでいた。
やがて彼女は、静かに目を閉じて、ため息をつく。
「……やっぱり、もう気づいていたのね。あなたは」
「……前から、全部」
「ええ、知ってた。ずっと、知ってた。
でも僕は、言わないって決めてた。
それが、僕の役割だから」
「ふふ……あなたって、本当に……」
イザベラは少し笑って、いつもよりも優しい声で言った。
「――いいわ。初めての“お願い”だもの。聞いてあげる。
代わりに、あなたが出荷される。」
「……ありがとう、ママ」
イザベラが静かに去った後、
シンムはひとり、月の光が差す廊下に立ち尽くしていた。
手を広げ、そこに目には見えない何かを抱くようにして、
静かに、ぽつりとつぶやいた。
「脱出……絶対、成功させてよ?
ノーマン、エマ、レイ、ドン、ギルダ、みんな――
……これが、僕にできる、最後のことだから」
その声は、誰にも届かない。
届かなくてよかった。
だってそれは、“優しいシンム兄ちゃん”のまま、みんなを笑顔で送り出すための、秘密の約束だから――