テラーノベル
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【ご案内】
本作「うらぽしゃ」は、同一の時間軸を別視点で描いた連作となっております。
作者の意図としましては、併せて公開しております「あだぽしゃ」を先にご一読いただけますと、より一層物語をお楽しみいただけるかと存じます。
読者の皆様にはお手数をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
⚠︎ 注意 ⚠︎本作品は、いよわ様の楽曲「うらぽしゃ」「あだぽしゃ」を基にした完全非公式の二次創作小説です。
実際の楽曲には一切関係ありません。
本作品はフィクションです。
13世紀のサヴォイア伯国を舞台としておりますが、独自の解釈や時代考証のアレンジを含んでおり、実際の史実・人物・団体とは一切関係ありません。
あくまで個人の創作としてお楽しみください
作品内は以下のような表現が含まれます。
・流血、出血の描写
・暴力、痛覚を描く描写
・負傷を伴う生理的な描写
・死を題材とした描写(死ネタ)
・楽曲やキャラクターの解釈に基づく独自の描写(解釈違いと感じられる場合があります)
・モブキャラクターの登場
以上の点をご理解の上、苦手な方は閲覧をお控えください。
──私たちもう一生
分かり合えないと
分かっていたでしょう──
第一話 正しさの下にいる者
寒さは、痛みより長く残る。
縄を解かれたあとも、手首の皮膚は私のものではないようだった。
感覚が戻らない指を握っても、骨の芯が空洞になったみたいに軽い。
石の床は冷たい。
けれど、ここへ来るまで歩かされた雪よりはましだった。
見上げた天井は高く、黒ずんでいる。
煙と年月が積もった色だと、なんとなく分かった。
文字は読めないが、場所の“格”は分かる。
強い者の巣だ。
膝をつかされる。
背を押された力は強くない。だが逆らえば、もっと面倒なことになると知っている。
だから従う。
暖かい。
それが最初に理解したことだった。
奥で燃えている火のせいだ。皮膚がじんわり緩む。
凍っていた感覚が溶けると、代わりに疲れが流れ込んでくる。
眠るな。
ここで眠れば、起きる場所は選べない。
寝るな。寝るなよ。
足音がする。
軽い。硬い靴音ではない。
布が擦れる音。金具が鳴らない。
戦う者ではない。
視線を上げないまま、気配だけを数える。
止まる。
空気が変わる。
冷たいわけではない。
むしろ整いすぎている。
水面みたいな気配だった。
声が降る。
澄んでいる。
刃物ではなく、磨かれた器のような音。
意味は分からない。聞く体力も残っていない。
だが、私に向けられていないことだけは分かる。
「顔をあげてください」
これだけは、私に向けられた命令。
ゆっくり視線を上げる。
光がある。
窓からの光ではない。
布だ。淡い色の衣。シルクでできた高級なドレス。
細い指。雪ではなく、磨かれた石みたいな白。
黒い紐で束ねられた、
ローズクォーツのように美しい髪。
相反するように、顔面は目に当てられないほど。化粧もできないその顔。化粧のおかげでなんとか美しさを保っている顔はなんと不愉快なものだろう。
目が合う。
自分と同じ、灰色。
空の色でも、海の色でもない。
凍った水の色だ。
その目が、こちらを見ている。
見下ろしているのではなく、評価している。
物を見る目。
「あなたは今日から、私のもとで暮らすのです」
言葉を続ける。
「寒い思いはさせません。文字も、祈りも、礼儀も教えて差し上げましょう」
優しい調子だった。
怒鳴らない。笑う。
こういう声を出す人間を、北でも見たことがある。
獲物を安心させる声だ。
「感謝なさい。あなたは幸運なのですから」
手が差し出される。
白い手。
指先に傷がない。
労働を知らない手。
取らなければならないのか考える。
取れば、何かが決まる気がした。
取らなくても、何かは決まる。
どちらにせよ、もう選ぶ場所にはいない。
だから、動かなかった。
「……まだ怯えているのでしょう」
困った子どもを見るような、穏やかな響き。
理解されていないことだけは、はっきり分かった。
寒さとは違うものが、背骨を撫でる。
ここでは殴られないかもしれない。
代わりに、別の形で削られる。
そういう場所だと、本能が告げる。
再び手が離れる。
「この方を湯で清めて、部屋を与えなさい。私の近くに」
立たされる。
足枷の鎖が鳴る。
金属の音が石に響く。
歩き出す前、もう一度だけ視線を上げる。
あの灰色の目は、まだこちらを見ていた。
敵を見る目ではない。
壊れた道具を見る目でもない。
──愛玩動物を見る眼だ。
その違いが、いちばん厄介だった。
殴られるより、ずっと長く残る。
連れて行かれる。
暖かい空気から離れると、皮膚がまた縮む。
けれど寒さよりも先に、別の感覚が残っていた。
あの眼だ。
私を哀れんでいない。
私を恐れていない。
私を理解しようともしていない。
ただ、
「自分が正しい」と疑っていない目。
北の空よりも、あの目のほうが冷たいと、
なぜか分かってしまった。
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